6月へ  もどる  トップページへ     ご意見箱 

5月の自生地周辺

新作ご紹介

田島ヶ原のサクラソウについて鷲谷いずみ東大教授が100年前の観察記や大正9年に国の天然記念物指定申請に供した三好学博士の調査報告書と平成の世の実情を無視したインチキ論が一人歩きした現状に警鐘を鳴らす意味で小論文を立ち上げました。たんに、サクラソウは奇麗だでもよく、あるいは、どこかで見かける記載されている環境について嘘に満ちていると知った上で見るサクラソウはまた一味違ってきます。
真説 田島ヶ原のサクラソウ
 この頁の目次 
 5月初日の名刺代わり 
 本年も種のオンパレード 
 端境期ですね 
 サクラソウの今昔 
 鷲谷いずみ東大教授の 
 サクラソウの今昔(2) 
 サクラソウの今昔(完) 
 種子ができないを考察 
 光村図書から回答 

光村図書様から回答
05/05/26

青木実様

お問い合わせの小社国語教科書掲載「サクラソウとトラマルハナバチ」(小学校5年)につき、ご連絡いたします。

 まず、少々長くなりますが、わたくしどもが、どのような考えから当該の文章を教科書に掲載しているかを述べようと思います。

教科書の文章の趣旨は、題名に表れているように、サクラソウとトラマルハナバチという異なる生き物どうしが、互いに密接に関わり合い、つながり合って生きていることを説明するものです。国語の教材というのは、もちろん言葉や文章の学習の材料であり、学習を通して児童が「読む力」「言葉の力」を身につけることが主眼であります。しかし、同時に、内容にかかわってより広く深いものの見方・考え方を身につけてほしいと願って作ってもおります。

理科的内容をなぜ国語でと思われる向きもございますが、読み物としてしっかり言葉に即して読むことで、かえって理科で扱うより理解が深まったり、自分の体験と照らし合わせながら考えたりすることができます。この文章のような理科的な内容のものは、ほかにも「たんぽぽのちえ」(2年)、「ありの行列」(3年)などがございますが、いずれも長く掲載し好評を得ています。実際に、これらの学習は、子どもたちの内に、内容に関する関心を育てることにもなっています。

「サクラソウとトラマルハナバチ」を掲載するに当たっては、次のようなことが編集会議で話し合われました。――人間も含め、生き物は、互いに深いつながりをもって自然界に存在し、系を作っている。そのことは、わたしたちが自然に接したり、環境問題を考えたりしていくうえでたいへん重要な視点である。ところが理科では、例えば昆虫と植物とは別々に扱われることが多い。国語なら、その関係を示すことができ、子どもたちにそのようなものの見方を促すことができるのではないか。そのような内容の文章を掲載し、共に自然や環境について考えていけるようにしたい。――そして、さまざまな文献をあたったり、子ども向けの文章を書いていただける専門家を探したりする中で、鷲谷先生の名が挙がり、趣旨を伝えて、執筆をお引き受けいただいたものでございます。

鷲谷先生は、全国のサクラソウの自生地について永年研究をしてこられています。また、鷲谷先生だけでなく、他の研究者の方々もサクラソウに関する研究をなさり、その成果が多く蓄積されていると伺います。この文章は、それらの研究全体を通して見えてきたこと、分かったことをもとに、あくまで「サクラソウ」と「トラマルハナバチ」の関係が書かれ、それを通して自然や環境についてのものの見方・考え方を広げたいという内容のものです。ある地域を特定して、そこについて説明したものではございません。青木様がおっしゃるように、さいたま市田島ヶ原を対象に書かれたものでは決してないということを、ぜひお分かりいただきたいと存じます。サクラソウは、北海道・東北地方・中部地方・中国地方・九州地方など、広い地域に分布しています。その中には人々が世話・管理している所もいくつもございます。にもかかわらず、「絶滅危惧種」に指定されているのです。より多くの人が関心をもつことを願ってやみません。

 以上のような事情や願いで掲載している文章でございます。しかし、それが伝わらず、青木様に「これは田島ヶ原のことである」と受け取られてしまったとしたら、誠に遺憾に存じます。必要があれば文章を修正することも検討しなければならないでしょう。ただし、教科書の場合には、制度上修正をするには所定の手続きが必要であり、必ず修正するとお約束することはできません。このことは、あらかじめご了解いただきたいと存じます。そのうえで、具体的にどの記述が適切でないのか、改めてご教示いただければ幸いです。

 以上、稚拙な説明で申し訳ございませんが、なにとぞご検討のほど、よろしくお願い申しあげます。

                       光村図書出版株式会社編集部

                      小学校「国語」編集長 飯田順子

    ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

飯田順子様

ご丁重なお手紙に恐縮ならびに感謝します。

あれ以来、貴社名義で度々サクラソウ情報と真説を訪問されているのはわかっておりました。そして、用心深いのかお気に入りに入れないでその都度google検索エンジンから来ております。24日の11:42。16:49。25日16:49に真説から訪問されています。

さて、貴社編集会議で話し合われた趣旨に依存はありません。当然のことと承知しております。問題は相手選びを間違え、鵜呑みにしたといえます。貴回答書を引用しつつ私の思いをつづります。

題名に表れているように、サクラソウとトラマルハナバチという異なる生き物どうしが、互いに密接に関わり合い、つながり合って生きていることを説明するものです。

サクラソウにはトラマルハナバチでなければならない理由が不明

第一の嘘

鷲谷氏は、地人書館刊【サクラソウの目】127頁で北海道南部で吸蜜昆虫を発見、(エゾトラマルハナバチ・はトラマルハナバチの北海ドア亜種の和名・以降本文中では、種名のトラマルハナバチを用いる)とし、有効なポリネータはトラマルハナバチ(北海道ではその亜種――)の女王であると確信している――と甚だ乱暴にしてあやふやである。

なぜなら、浦和市教育委員会発行の天然記念物指定70周年記念論文集(以下論文集という)103頁 鷲谷いずみ・生井兵冶共同執筆 (3)八ヶ岳山麓の個体群では各種の昆虫がサクラソウを訪れるのに対して、田島ヶ原では開花期にポリネーターの飛来がほとんど観察されなかった(生井未発表)――論文集の編集員を務めた鷲谷氏が、上記記述を編集した当人でありながら、そのような確信宣言は矛盾です。

なお、論文集の編集員で外部のものは鷲谷氏のみです。

国語の教材というのは、もちろん言葉や文章の学習の材料であり、学習を通して児童が「読む力」「言葉の力」を身につけることが主眼であります。しかし、同時に、内容にかかわってより広く深いものの見方・考え方を身につけてほしいと願って作ってもおります。
これに異存はありませんが、だからといって嘘に満ちた内容でいいのでしょうか。

これらの学習は、子どもたちの内に、内容に関する関心を育てることにもなっています。

であれば、子供たちから質問があったらどのように答えるのでしょうか。

人間が世話しているところはどこですか?
 昆虫がいないと受粉されないのですか?
 人間が世話しているところでは何時から昆虫がいなくなったのですか?
 タネが出来ないと絶滅するのは後どれぐらいですか?

さいたま市では該書を採用していますので訪れた親子が(現実に自生地を訪れたから貴書があったことを知る)足元にタネがいっぱいあるのを見たらどう感じるのでしょう。
その子が、

●全国の人が世話しているところも昆虫が無くてタネが出来ないので
  しょうか

私たちの市で保護されている自生サクラソウもそうでしょうか?
日曜日にお父さんといったら草ぼうぼうでしたがタネがいっぱい
  あったがどうして?

 いかように答えますか?

実は貴書を採用している現場の先生からメールが来ています。学校名は不明です。

初めてメールを差し上げます。突然のメールをお許し下さい。
私は、現在小学校5年生の担任をしています。本校では、光村の教科書を使用しています。5月に入り、この「サクラソウとトラマルハナバチ」をどのように教えたらよいものかと、ネットで検索したところ、あなた様のHPを見ました。そんなに簡単に絶滅するのか、
もっといろいろな要因が重なっているのではないかと考えるのですが、よく分かりません。

鷲谷先生は、全国のサクラソウの自生地について永年研究をしてこられています。また、鷲谷先生だけでなく、他の研究者の方々もサクラソウに関する研究をなさり、その成果が多く蓄積されていると伺います。

第二の嘘
 私の狭い視野で知る限りでは、なにに対しても研究者はおるもので、サクラソウについて言えば浦和市でも国庫の補助を受ける条件から専従研究員を45年来置いています。が組織的な研究や調査を行っているところは皆無のはずです。それを行ったのも全国では浦和市だけだったのです。論文集を発行するに当たって権威ある肩書きの必要から筑波大学に打診し、鷲谷いずみ、生井兵冶氏らが選ばれ、鷲谷氏はそこでサクラソウと初対面しています。当時、助手でしかない鷲谷氏はいち早く頂点に登りつめるには、昆虫がいない事実を利用して、この分野での大家はいないのに目をつけ、タネが出来ない、やがて絶滅すると捏造し、まんまとインチキ論が学術として定着させた。

そのことについて浦和市の専従研究員はデーターを添えて反論を論文集に記している。
 私がインチキ論と決め付けた根拠はそこにあるわけです。

くどいですが、重ねて言います。鷲谷説が正しいのでしたら田島にサクラソウがあってはならないのです。鷲谷氏のインチキ性を如実に示す本人の記述があります。

――しかし、クローンの世代交代が今の条件のもとですすめば、1−2世代後には、fertility selection が顕在化することが予想される。何世代かの地には、自生地は自植性の強い数すくないクローンの子孫が占められ、この種特有の可視形質の大きな変異も失われることになろう(論文集・117ページ12行より)。
おわかりになりますか? 鷲谷氏の主張が正しければ、明治36年から昭和16年まで4人の学者が昆虫が稀と報告されているのですから、鷲谷氏の指摘がすでに現出していなければならないのです。であれば斯様な記述は出来ないはずです。そういう記述ができたこと自体がおかしいと思いませんか?

この文章は、それらの研究全体を通して見えてきたこと、分かったことをもとに、あくまで「サクラソウ」と「トラマルハナバチ」の関係が書かれ、それを通して自然や環境についてのものの見方・考え方を広げたいという内容のものです。ある地域を特定して、そこについて説明したものではございません。

二つの嘘を指摘しました、そのうえで、説明したものと改めていい切れますか。

1)サクラソウにトラマルハナバチでなければならない根拠はない
 2)送粉昆虫がいなくても受粉され種子はできる
 3)以上は全国各地のいずれも同様である

青木様がおっしゃるように、さいたま市田島ヶ原を対象に書かれたものでは決してないということを、ぜひお分かりいただきたいと存じます。

インチキ論を広めた張本人が筑波大学の助手である鷲谷いずみ博士と知った平成15年から私のHPで分析できたところから掲載し続け、鷲谷インチキ論を掲載した出版社に質問状を送っていた、各出版社は、執筆者には連絡しましたとコメントはあった、このことから鷲谷氏の耳には当然入ったはずだし、インチキ論で築き上げた地位を失いたくなく、貴社の要望で迷ったと思う。が、インチキに関しては天才である鷲谷氏は風聞という型式でごまかしたのである。インチキの天才の根拠は、私の不勉強で見つけていないが、鷲谷氏が加藤克己氏に語った内容の記述はなく他人を通じて鷲谷説を定着させたことです。

 以上のような事情や願いで掲載している文章でございます。しかし、それが伝わらず、青木様に「これは田島ヶ原のことである」と受け取られてしまったとしたら、誠に遺憾に存じます。

 訴訟準備に入っている手前、これ以上の論述は控えますが、十分でしょう。これでも
「これは田島ヶ原のことである」と受け取られてしまったとしたら、誠に遺憾に存じます。
と主張されるのでしょうか。

 貴社の理念は理念として認めますが、だからといって地域名を記していないんだからヨシとするのでは理念が泣きます。

1)サクラソウにトラマルハナバチでなければならない根拠はない
 2)送粉昆虫がいなくても受粉され種子はできる
 3)以上は全国各地のいずれも同様である

貴社の理念を小さなお子さんたちにインチキ論で押し付けることは許されない!
 79年間人間界において人様の役に立つことはしてこなかったが、あの世とやらへ旅立つ土産として該件は徹底的に糾弾し、小さなお子さんたちを救いたい。

これを踏まえたうえでお手数ですが、再度お答えをいただけると幸いです。

PS=よろしかったら自生地へおいでになりませんか、売るほどあるタネの様子をご案内します。ご連絡いただければ西浦和駅へ出迎えに参ります。

07/05/24  追記
これ以後 光村図書から音沙汰無しです どういう風に種子が出来ているかを見るようお誘いしたのですが 今もって現れません 

小学校「国語」編集長 飯田順子氏のメールに 経済的理由で改変もしくは廃棄はできないとありました 中身がインチキだろうと 投資した元を取るのが死命を制するらしい それが教育出版の姿です それゆえ 恐ろしくて自生地の種子を見られないのだと思います この姿勢だから米国並みの犯罪王国を作り上げたといえます

一方の鷲谷いずみ氏は これほど叩かれても名誉毀損で訴え出ないということは インチキ論を自覚しているからです 私としては公の場で化けの皮をはがしたいのですがね

旧浦和市の公式書物にも鷲谷氏のインチキ論を批判していますからね
内容は訴えられたときの切り札ですので発表は控えさせていただきます

この頁トップへ

5月初日の名刺代わり
05/05/01

光陰矢のごとし。1/17の遅れた初出動からあっという間の5月です。光陰矢のごとし。

今年のサクラソウは、平成15年、16年に比べて出遅れたうえに最高の状態を見せることもなく短時間で終局へ突進してしまいました。サクラソウはまだあるさと関係者は言うでしょうがね。見えないか、見えにくい状態、退色し始めたサクラソウではね・・・

昨日、小学校国語5年生に記載しているサクラソウを自生地で実地検分に見えられた5年生のお嬢さんとそのお父さんの話から、もしかすると、鷲谷いずみ東大教授の暴論の受け売りまたは鷲谷氏本人の執筆かと気になって、お嬢さんから聞き及んだ出版社である光村図書を検索したらありました。鷲谷いずみ氏本人の執筆でした。そこで、どういう内容ですかと同社規格の質問欄から問い合わせをしました。送信してから書店で販売していないかと覗いて見ましたらありました。早速購入して中身を確認すると、驚きましたね、平成15年からずっと私に叩かれていることからか、毒気(風聞にすり替え)を抜いた内容であるが
暴論の基調は健在であった。そこで基調に反論しつつ、小さなお子さんたちにインチキ論を植え付けることの是非を質した追伸分も送信しておきました。
5月初日の名刺代わりとして上記2編を掲載します。
同社からの返事は1ヶ月を要するでしょうね。

7.

お問い合わせの内容
【小学校国語】
青木実と申します。
インターネットでサクラソウ情報を平成13年から毎シーズンの毎日の生い立ちをカメラで追い続け毎日発信しております。

その過程で鷲谷いずみ氏がとんでもない論を披露していることを知り、それに対する反論を展開しております。
そこでお尋ねします。

本4月30日、サクラソウ自生地で貴社刊の小学校国語5年生の教科書にサクラソウの記述があってお父さんとそのお嬢さんが実地検分に参られておりました。

もしかしますと、その内容は、
国立科学博物館ニュース第277号 15頁 加藤克己 (平成4年4月20日発行)

――
ところが最近になって、私の共同研究者でもある筑波大学の鷲谷いずみ博士(現東大教授)が意外な事実を明らかにしました。田島ヶ原のサクラソウはほとんど種子をつけないのです。数十年程度の寿命があるサクラソウですが、やがては枯れます。種子が出来ないということは、近い将来、田島ヶ原からサクラソウが消滅してしまう可能性すらあることを意味するのです。――
という内容でありましょうか。
であれば大変なでたらめです。
これが後に教育出版刊小学校国語4年生に
筑波大学の生井兵冶氏が記述しています。

私のHP、真説 田島ヶ原のサクラソウに100年前のデーターと天然記念物指定申請に供した三好学博士の調査報告書(大正9年)に基づいて、加えて過去4シーズンの毎日の実情をあわせてでたらめを糾弾しています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/sinsetsu/

万一上記内容でありますれば、小さなお子さんたちにとんでもないことを教え込んだことになります。

どうかご検討のうえ、お手数ですが、いずれかにかかわらずご一報いただければ幸いです。

100年前から自生地には昆虫は稀です。
それでいて種子は全面にできております。
決して環境破壊によって昆虫の棲家が奪われたわけではありません。

なお、私は1990年、旧浦和市教育委員会刊の天然記念物指定70周年記念論文集に写真で名を連ねておるものです。

先ほどサクラソウの記述についてお尋ねしました青木実です。
書店で問題の教科書を買いました。
結論から申しますと、だいぶ修正していますね。

ここ3年来私に徹底的に叩かれ、鷲谷説を採用した出版社に問い合わせ続けた結果だと思います。それぞれの著者たちはグループの一員ですから文献や実状の証拠写真を並べられたのでは立場がないという結論からでしょう。それでも論理破綻は免れません。逐一糺していきますね。

26頁本文5行7文字目から7行12文字まで。
なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままでは、絶滅が心配されます。

問題点1
人間が世話をしている所もありますが、とは、田島ヶ原のサクラソウ自生地をさしているのは明らかです。この記述ではさも風聞によると匂わせています。

鷲谷氏は、旧浦和市教育委員会が天然記念物指定70周年記念論文集(以下論文集という)を出すに当たって生態調査を委託され、鷲谷氏はグループを動員して3年にわたって調査をしていた。それに論文集の編集員でもあった。風聞では済まされないのだ。

問題点2
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです、とはふざけておる。なぜなら、国立科学博物館ニュース第277号 15頁 加藤克己 (平成4年4月20日発行)において加藤克己氏は、

私の共同研究者でもある筑波大学の鷲谷いずみ博士(現東大教授・青木注釈)が意外な事実を明らかにしました。田島ヶ原のサクラソウはほとんど種子をつけないのです。と明言されている。
タネが実らないというのです、ではなく、実らないとの言いだしっぺは鷲谷氏なのだ。

問題点3
このままでは、絶滅が心配されます、とは、見てきたような嘘を言いです。有史以来平成の世の現在に至るもサクラソウは綿々と繁栄しているのです。絶滅するとすればむしろノウルシによると鷲谷氏の筑波大時代の上司である生井平治氏が論文集に単独寄稿で記述しています。

30頁1行14文字目から27文字目まで
タネが実らなくなったところでは

問題点
タネが実らなくなったとは田島ヶ原のサクラソウ自生地から鷲谷氏が発したものであるが、鷲谷氏の目にはタネなるものがなんであるかはトンと知らないようだ。なぜなら、(真説 田島ヶ原のサクラソウ第二章結実の様子を参照してください)

自生地内いっぱいで結実しています。こられは4.2ヘクタールを掻き分けて探し出したものではなく、通路脇の足元で誰でも目にすることができるからです。

32頁5行最後の2文字から7行7文字目まで
サクラソウだけが、人間に世話をされて花をさかせても、その周辺が牧場や畑やゴルフ場に変わり、

問題点1
人間に世話をされて花をさかせても、とは理解に苦しむ。タネが出来ないと言いつつ花がさくとは。

問題点2
鷲谷氏は自己の暴論を推し進めるためにあえて、牧場や畑やゴルフ場、なる造語を展開させたものである。なぜなら、

明治36年(1903)雪吹敏光
明治39年(1906)7月、梅沢親光
明治41年(1908)4月25日、矢野宗幹
昭和16年(1941)5月11日、植村利夫

以上の4氏がほとんど昆虫を見かけないと報告している。牧場や畑やゴルフ場のない時代にである。

第一章100年前の観察(昆虫)を参照してください。

まとめ
100年前、環境破壊といわれる現象のない時代から田島ヶ原のサクラソウ自生地では昆虫は稀にしかなく、吸密している現場を4人の観察者は現認していない事実。100年前の事実を知る立場にあった鷲谷氏がそれらを無視して1992〜1997年までに鷲谷インチキ論が新聞社、各出版社から流され
教育出版株式会社 国語4上生井兵冶氏の記述は犯罪に等しい。貴書の場合は薄められぼかされているが基調は変わっていないのであるから犯罪的であると考えます。教育上の観点からいけば、サクラソウとトラマルハナバチは廃棄して、花ばなとトラマルハナバチの視点で書き直すことをお願いします。そうなれば、トラマルハナバチがいなくなった理由付けが消えますからこの項は世から消える運命にあるといえよう。

過去に各社に問い合わした答えがいずれも廃刊している、著者には連絡しましたであるが、貴書の場合は現に生きているのですから教育上の弊害を一日も早く取り去ってほしい。

小さなお子さんたちに間違ったことを教えてはなりません。

真説 田島ヶ原のサクラソウとすり合わせた上でご意見を賜りたい。

なお、この内容は、サクラソウ情報5月項に載せますのであしからず・・・

光村図書からの回答は このページのトップにあります

この頁トップへ


本年もタネのオンパレード
05/05/06

時々雨滴がぱらつく中、自生地へ。約1週間ぶりですが、あらかたサクラソウは果実をつけました。5月初日の名刺代わりで書きました鷲谷いずみ東大教授は、タネとはどういうものなのかを知らなかったのでしょうね。知っていればよもやタネが出来ないとは言わなかったはずです。大学教授ですからね。続ける前に本日撮影したタネをお見せしましょう。証拠となるものですから撮影失敗分も載せました。
これがタネです。厳密には果実ですね。平成14年にも書きましたが、鷲谷いずみ東大教授は、このタネは無性卵だよ、と言い出すかもしれない。私が平成12年に30年ぶりで見た自生地は50倍に増えたと感想を述べたが、増えた理由は委託研究員がタネを採取して苗を作って大量に裁植したからでした。東大教授の肩書きが泣くというものです。

私が聞かされた、タネが出来ないから30年で死滅する、話の言いだしっぺが鷲谷いずみ東大教授と知ったのは、文化財保護課から提供された膨大な資料を平成15年に見たからでした。そこで、1990年に文化財保護課からもらっていた浦和市教育委員会発行の
【天然記念物指定70周年記念論文集】を紐解いてみると、編集員でもある鷲谷いずみ氏の肩書きは「筑波大学 生物科学系講師 理学博士」であった。それがいつの間にか東大農学生命科学研究科教授に栄転している。まさかとは思いますが、サクラソウについてのインチキ論がまことしやかに認められて栄転したのかな?。

サクラソウについての鷲谷いずみ東大教授の記述を見たのは、この度の光村図書の小学校国語5年が最初でして、今までに叩いてきたのは鷲谷いずみ東大教授から聞かされたアカデミーグループの記述だけでした。本人の具体的描写があるのかは不明です。

(1998)サクラソウの目 保全生態学とはなにか.株式会社地人書館というのがありますが、取り寄せ中ですので、もしかするとここに明記され、それが認められて推薦を受けたのかもしれない。

そういえば、4月24日にカラオケボックスのカラオケ著作権料で、日本音楽著作権協会との訴訟合戦で戦っていただいた弁護団の一人である「さくらそう法律事務所」の山本先生が語った内容は、鷲谷いずみ東大教授の本からということでしたから本陣はここにあるかもしれない。東大教授就任の件は調査中です。

ところで、さいたま市には学校関係の書籍をイッテに扱う【須原屋書店】がある。光村図書のサクラソウもここで扱っていた。昨日、別の出版社からも出ているかを須原屋へ見に行った。さいたま市指定図書コーナーがあって、他の出版社のはなかった。つまり、サクラソウがあったから採用したようなのだ。随分ととんまなことを教育委員会はするものですね。

というのはね、旧浦和市教育委員会発行の【特別天然記念物田島ヶ原サクラソウ自生地・保護増殖実験調査事業報告書・平成10年度】があって、24頁3.に100年前に4人の科学者が田島には昆虫がほとんど見かけないという観察記を紹介していた。

記念論文集では、天然記念物指定申請に供された三好学博士の調査報告書で浮間ヶ原や戸田ヶ原のサクラソウが消えた理由、同委員会発行のサクラソウ通信7号では、旧大宮市在の錦の原のサクラソウが消えた理由などが紹介されていた。これらはすべて浦和市教育委員会名による発行である。したがいまして、鷲谷説がインチキであることを知る立場にありながら、そのインチキ論を載せた教科書を採用したからである。
これ以上のとんまは類を見ない。

本日付の質問状をさいたま市教育委員会学事課宛てに送った。光村図書同様に返事が来るのは早くて1週間先であろうか。

メールを送信しました。

宛先

学事課 

タイトル

光村図書の国語●上 銀河の採用は瑕疵 

送信日時

2005年5月6日 8時31分39秒

宛先

学事課 

氏名

青木実 

かな

あおきみのる 

郵便番号

 

住所

南区別所○○○○ 

電話番号

○○○○○○○○○○ 

メールアドレス

sakuraso@jcom.home.ne.jp 

件名

光村図書の国語●上 銀河の採用は瑕疵 

お問い合わせ内容

郷土の誇りである天然記念物のサクラソウを毎シーズ
ンインターネットで毎日の情報を発信している青木実
ると申します。
本年度の小学校5年の教科書の採用はミスティークで
す。
サクラソウの記述があれば闇雲に飛びつく姿勢はいた
だけませんね。鷲谷いずみはインチキ論を振りまいた
張本人です。
【なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をして
いる所もありますが、そこでは、なぜか花がさいても
タネが実らないというのです。このままでは、絶滅が
心配されます。】
これほどのでたらめは世界中のどこを探しても見つら
ないものです。
鷲谷氏は種が出来ない理由を昆虫がいないとしてい
る。
昆虫がいない理由を
その周辺が牧場や畑やゴルフ場に変わり
としている。これほどばかげた話はない。なぜなら、
保護増殖実験調査事業報告書(10年度)浦和市教育委
員会
に100年前から昆虫がいないと記しているからで
す。
小さなお子さんたちへの教育にインチキ論は困るよ。
光村図書に質問状を2編出しているので
http://www.ettsei.com/newpage6.htm
ごらんいただいた上で
至急問題の教科書を廃棄するよう求めます。
 

チョウジソウは、自生地も秋ヶ瀬公園自然林(ピクニックの森)も最盛期に入りました。自然林内は昨年よりもやや規模が貧弱です。20時現在降っている雨はいいお湿りですね。
5月の花々が楽しみです。

この頁トップへ


端境期ですね
05/05/09

東京の3姫の姉様姫が単独で自生地からピクニックの森を1周したとメールが入りました。

送信者: "ゆみこ" 宛先: "青木 実" <sakuraso@jcom.home.ne.jp>
件名 : ピクニックの森 日時 : 2005年5月9日 0:00

ジェロニモさま
ご無沙汰です.
サクラソウではつぎつぎに問題発生,穏やかな気持ちで観察することができませんね.
闘志で気力が湧きそうですが,怒りがこうも続くと身体によくないですねー

今日バードウオッチング?に西浦和-サクラソウ自生地-子供の森-ピクニックの森と歩いてきました.急に思い立ったので一人旅!
サクラソウ自生地の現在も見届け,タネもしっかり見ました!(我が家の鉢植えでも毎年タネができます)
チョウジソウは今週末が良さそうですね.ピクニックの森では昨年より増えていませんか?昨年学習したセリバヒエンソウも見つけることができ,そろそろ終わりのようでラッキーでした.帰りは「下大久保」バス停から4停留所を歩き(時間があったので)「道場」から浦和駅に出て帰ってきました.
さすがにぐったり,鈍った身体に明日からの勤めが気になります.

4/23-24八ヶ岳へ 例の二人+α 元気な面々!
リフレッシュしてもいろいろな毒気ですぐに戻ってしまう悲しさ‥

気温が定まりません くれぐれもご自愛ください

 ゆみこ


    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

私も本日を予定していましたので1周してきました。
自生地では見る影もありませんが、ヨシとオギやノカラマツに災いされていない場所ではまだ健在です。写真では低いアングルだったためにレンズに近いところのノカラマツとカラスノエンドウが邪魔して見ずらいですが、肉眼ですと見ごたえはあります。週末までいけそうです。さくそう公園では昨年の公園緑地課のミスティクから景観が悪いハルジオンを残して可憐な白、紅、紫のニワゼキショウをGW直前に刈り取ってしまった。本年も刈り取ったようですが、今日のところは再生したのか、あるいは考えて処理したのか、シロツメクサとあわせて見事でした。

ピクニックの森は、セリバヒエンソウはまだ見ごたえがあります。姉様姫が撮影した跡も確認できました。森の中のチョウジソウは平成13年並に盛んでした。何年かおきに盛衰を繰り返すようですね。両者とも今週末までは見られます。夏花は今月末頃から出揃うでしょう。
この頁トップへ

サクラソウの今昔
05/05/10

平成13年に30年ぶりで自生地に戻って見ればサクラソウは観念的ではあるが小ぶりに
見えた。居並ぶカメラマンたちからも同じ意見だった。ここで度々ご紹介している鴻巣の熊谷さんからもメールで次のような感想が寄せられていた。

送信者: "k-kumagai" <kumagai-k@mtd.biglobe.ne.jp>
宛先: "青木実" <sakuraso@jcom.home.ne.jp>
件名 : Re: 追伸 青木実 日時 : 2005年5月9日 8:30


――やはり自生地は、サクラソウの生育に関して、環境があまりにも良くありません。乾燥しすぎと、日照不足です。

私の職場の人も、始めて自生地を訪れ、がっかりして帰ってきました。
良く説明しておきましたが、私も、20数年前に訪ねたときは、サクラソウは、30センチくらいの高さの大株で、開花していましたが、本当に残念です。――

これにしても言葉だけで小ぶりであることを証明できません。ようやく熊谷さんから紹介された次の一文で間接ながら証明されました。

「ガーデンライフ・東京山草会」共編の『野生のサクラソウ』
昭和52年4月20日発行「サクラソウ作り5つのポイント」「大垣晃一」

※青木注 大垣晃一さんは元高校の教諭。S42〜45年頃、早朝から自生地で撮影され、自転車であわてて高校に向かう姿を度々目撃しておりました。

そのときの照度は、葉の位置とおなじくらいの高さ、地表から20cmのところで、
    オギ群落下    約3000ルクス 
    ノウルシ群落下       約 700ルクス

というように具体的に違いが証明されました。それとあわせて
旧浦和市教育委員会発行の「さくらそう通信5号・1998,2,27」に掲載された大正5年4月25日撮影の白黒写真では、しゃがみこんだ人物の膝頭近くまでサクラソウの丈はあった。
結論として20数年前までサクラソウの花を含めた全長は30pあったということです。
では現状ではどれほど小ぶりかを物差しを入れて撮影しました。↓

 

ごらんのように花を含めた全長は16cm以下、物差しの幅は2cm、花の小ささもよくわかります。地球温暖化でそうなったのか、それも遠因ではあるでしょうが、原因はもっと身近にあるようです。

熊谷さんが見た当時から野焼きを止める平成10年までの様子がまったくわかりませんが、平成13年から年々少しずつ小ぶりに進化しているようです。であれば委託研究員のチョンボですね。彼は権威に弱く、それを越えんがために植生の営みはどうでもよく、間違いの
独りよがりで管理事業を推し進めたといえよう。

サクラソウが最も力水がほしい時期とは発芽直前からつぼみを持つまでの間であると思います。梅雨から夏にかけての洪水があろうがなかろうが、この時期の降雨量が左右するのではないか。夏の渇水期に備えて井戸を掘り、スプリンクラーを設置して散水していた。もっとも、これの提案者が彼であるとは断定できないが。
このように、植生の営みとどうあるべきかがまったく見えてこないのである。見えたのは、
1) 気候が温暖化に進んでいる
2) 治水工事で洪水がなくなった
3) 野焼きから刈り払いに移行してのサクラソウへの影響
4) 刈り払い移行への実験方法と実際の方法の違い
5) 2〜3月の降雨量の過去との比較による考察
などがないまま闇雲の管理体制であった。

その結果、刈り払いに移行してからは肥料にと8cm前後の残骸残しの挙に出た。これが3年も続けたことと、この時点から2〜3月からの降雨量減少によって弱小に進んだともいえる。

お断り。
須原屋書店から注文していた鷲谷いずみ著【サクラソウの目】が入ったと連絡があって、開けてみたら驚いた。本を面白くするためか、導入部から嘘話である。すなわち、

観衆注視の中で、あるおばあさんが自生地の柵を乗り越えて正座する。その理由を子供の頃、荒川の下流近くに住んでいて荒川のほとりではサクラソウが咲き敷く河川敷が広がっていた、無性にそれが懐かしくなってやってきたという話である。

この話には二つの嘘がある。

第一、奥ゆかしい古き日本女性は、禁止されている柵を堂々と乗り越えて入り込んで正座なんざするものではない。

第二、三好学博士の調査報告書(大正9年)で明治20年頃では、荒川下流の浮間、戸田ヶ原のサクラソウは消滅していたとなっているのですから、このおばあさんの子供時代では
サクラソウのサの字もないのである。

鷲谷氏が自生地への調査に入ったときの話というから、1986年である。このときのおばあさんがいくつなのか不明だが、仮に85歳としよう。自生地で私が出会った私より年上の女性で柵を乗り越えられるほど元気のいいのに出会っていない。

生まれたのが1901年になる。明治34年生まれだ。これが河川敷で遊べるのは明治38年頃からであろう。幻のサクラソウでも見たのであろうね。

結論として私が指摘したように、鷲谷氏はインチキが好みのようです。

そういう次第ですので、本の分析に取り掛かりますので、上記の展開は小休止します。

なお、サクラソウの目の初版は1998年3月22日です。当時の鷲谷氏は筑波大学助教授職でした。氏は東大出身ですのでこの本から推薦されて東大教授に栄転したと思われる。

この頁トップへ

鷲谷いずみ東大教授の人格は
05/05/11

すばしこく摩り替えの名人という印象です。
田島ヶ原のサクラソウ自生地には昆虫が無く、タネが出来ない、やがて、寿命の数十年で消滅するという流言飛語は鷲谷氏から出ていることは知られているが、本人の名においての書物が無い。

この度、取り寄せた【(株)地人書館・サクラソウの目・初版1998年】にも
一言も田島ヶ原のサクラソウ自生地には昆虫が無く、タネが出来ない、やがて、寿命の数十年で消滅する書いていない。
むしろインチキ好みの本性もろ出しで、導入部に嘘の例題を掲げていた。

観衆注視の中で、あるおばあさんが自生地の柵を乗り越えて正座する。その理由を子供の頃、荒川の下流近くに住んでいて荒川のほとりではサクラソウが咲き敷く河川敷が広がっていた、無性にそれが懐かしくなってやってきたという話である。

この話には二つの嘘がある。

第一、奥ゆかしい古き日本女性は、禁止されている柵を堂々と乗り越えて入り込んで正座なんざするものではない。

第二、三好学博士の調査報告書(大正9年)で明治20年頃では、荒川下流の浮間、戸田ヶ原のサクラソウは消滅していたとなっているのですから、このおばあさんの子供時代では
サクラソウのサの字もないのである。

鷲谷氏が自生地への調査に入ったときの話というから、1986年である。このときのおばあさんがいくつなのか不明だが、仮に85歳としよう。自生地で出会った私より年上の女性で柵を乗り越えられるほど元気のいいのに出会っていない。

生まれたのが1901年になる。明治34年生まれだ。これが河川敷で遊べるのは明治38年頃からであろう。幻のサクラソウでも見たのであろうね。

10日の記述を再掲した。

唯一見つけたのが本年度さいたま市に採用された【光村図書刊小学校国語5上 銀河】である。これとても風聞で仕入れた情報という形をとっていた。すなわち、

26頁本文5行7文字目から7行12文字まで。

――なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままでは、絶滅が心配されます。――
32頁5行最後の2文字から7行7文字目まで

サクラソウだけが、人間に世話をされて花をさかせても、その周辺が牧場や畑やゴルフ場に変わり――


自説を風聞に摩り替えた証拠を年代順に並べておさらいしましょう。

国立科学博物館ニュース第277号 15頁 (平成4年(1992)4月20日発行)
加藤克己(新潟大学助教授 理学博士 1999年現在) 

―――幸いなことに田島ヶ原は国の特別天然記念物に指定され、浦和市民らによる熱心な保護活動が続けられてきました。そのおかげで、約四ヘクタールの保護区には七十万株に及ぶサクラソウが安定して生育し、毎年春になるとピンク色の可憐な花を咲かせて訪れる人々の目を楽しませてくれています。保護区はうまくいっている、誰もがそう思っていました。

ところが最近になって、
私の共同研究者でもある筑波大学の鷲谷いずみ博士(現東大教授)が意外な事実を明らかにしました。田島ヶ原のサクラソウはほとんど種子をつけないのです。数十年程度の寿命があるサクラソウですが、やがては枯れます。種子が出来ないということは、近い将来、田島ヶ原からサクラソウが消滅してしまう可能性すらあることを意味するのです。――

花の友53 平成7年3月「春」号 財団法人 日本花の会 28〜29頁 岩槻邦男

――サクラソウは――山間や原野の低湿地に生じ、ふつう大群落を生じる。短い地下茎がじめじめした地中を――残念なことに、このサクラソウ群落も、花粉を媒介してくれる昆虫たちが訪れることができなくなってしまってから、陸の孤島に島流しされたように、今では次世代を生み出す術を失って、いたずらに老いと死を待つだけの集団になり果てていることが、最近の研究によって明らかにされている。――

学習に役立つ日本の環境 生きものとともに 瀬田信哉 27頁
株式会社 岩崎書店 1995年4月20日第1刷発行

――そこで研究者がサクラソウの花に集まる昆虫を撮影しようとビデオを回したところ、何日たっても昆虫が写りません。雌しべに雄しべの花粉をはこんでくれる昆虫がやってこないのです。

現在咲いているサクラソウは、戦後まもないころには雄しべと雌しべがまざって、種子の繁殖もあったことがわかっています。ところが現在はそのような健全なはたらきがとだえました。理由は保護区のまわりが住宅地になったり、ゴルフ場になって、緑があっても農薬がまかれたりして昆虫のすめない環境になってしまったからです。――

教育出版株式会社 国語4上 さくらそうの保護 生井兵冶(筑波大学教授)
平成9年1月20日発行{文部省検定済}

――田島ヶ原のさくらそうに種ができにくい理由は――受粉をしてくれる昆虫たちが、ほとんどやってこないためだったのです――ですから、種ができなければ、田島ヶ原のさくらそうは、やがてはかれてしまい、ぜつめつしてしまうかもしれないのです――


これでわかるように、先に 加藤克己氏に語り、それを加藤克己氏が国立科学博物館ニュース第277号に発表している。以後どのような方法で各氏に伝播したか知る由も無いが、ともかくしんがりは生井兵冶氏が【教育出版株式会社 国語4上 さくらそうの保護】で締めくくった。

実に巧みに学会のそうそうたるメンバーを利用して頃合善しと見たのか、翌年の1998年に【サクラソウの目】が単行本として世に出たのである。この内容は、調査依頼を受けて田島のサクラソウとかかわり、ほれ込んで全国のサクラソウ自生地を回って、主たる研究地は北海道とし、そこでの様子をかいつまんで【光村図書刊小学校国語5上 銀河】に凝縮させたのである。そして、【サクラソウの目】では三好博士の調査報告書を解説し、全文を掲載して紹介していた。荒川流域からサクラソウが消えた理由もわかっていたのである。

それでいて、光村図書刊小学校国語5上 銀河に書かれている内容は田島ヶ原のサクラソウ自生地を母体にして北海道を押し込めたのであった。すなわち【牧場や畑やゴルフ場に】の牧場とは北海道のことである。これによって各地の自生サクラソウは消滅しまたは消滅の運命にあるとし、田島のサクラソウが絶滅するとは一言も触れないのだ。
問題が発生しても責任をとらされないよう実に巧みに責任逃れの準備までしている。

であるはずだった、なぜなら、同書では、なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますがという記述は頭隠して尻隠さずの図に等しいからだ。
鷲谷氏が調査依頼を受けて田島に取り掛かり、サクラソウにほれて没頭し、取り上げるほど大きな区分で大々的に人間が世話している自生地は田島をおいて他には無いのだ。
こういう人物が教科書の執筆者とは恐ろしいですね。
小さな子供たちが可愛そうです。

ここまで書かれちゃ黙っていられないから名誉毀損で打って出るであろうことを想定して
手中の玉の発表は控えさせていただきます。

といっても、光村図書とさいたま市教育委員会学事課に対する追求の手は緩めません。
小さな子供たちのために。

この頁トップへ

サクラソウの今昔(2)
05/05/14

可憐な美しいサクラソウを何時見に行けばいいかを伝える目的で、ルンペンで暇がありすぎるあることと、インターネットしていることで思い立ったものです。それなのに、あらぬ方向に流れたのは平成13年から5シーズンを通してみてサクラソウが弱小化に進んでいる原因が管理事業のまずさからきたものであること、これを止めないと将来おかしくなると杞憂するからです。しかしながら、文才があるわけでもなく、書きたい内容が途中で消えてしまうこともあって、ひとまず、感じたことを書き留める、見落としたものを後から書き込む、そして後でばらばらに書いたのを真説 田島ヶ原のサクラソウのように一編の論文にまとめる、その過程に今はあるのです。

5シーズンを見てきて感ずることは、生き物のサクラソウや他の植生の営みはどうでもよく、老委託研究員の枯渇した脳みそで管理事業をやられている弊害を、文化財保護課が認知しようとしない姿勢を全国の皆さんに告知して、人為的に将来が危なくなったかのよう見える現状を是正したいからです。断片的に書きつなぎますので皆さんどうぞお付き合いください

10日の続き。
その結果、刈り払いに移行してからは肥料にと8cm前後の残骸残しの挙に出た。これが3年も続けたことと、この時点から2〜3月からの降雨量減少によって弱小に進んだともいえる。刈り払いに移行した平成11年の写真が見つかりました。著作権関係でここに掲載できませんが http://www.tbg.kahaku.go.jp/reddata/text/4_19.html の中の横位置の画像をクリックしてください。それで見ますと地表から30cmのところから刈り取っています。
今年度と同じ状態です↑。つまり、9〜10年の2年にわたって刈り払いの結果を見ていたというのですから、その段階でも地表から30cmのところを残していたのでしょう。それでもサクラソウが発芽して開花したものですからいけるということで刈り払いに移行したと思われます。この高さですと残骸の整理は出来ませんから、自動的に残骸が大量に残ります。肥料にちょうどいいやということだったんでしょうね。それが2年も続いたものだから生育がいまいちで、慌てて同13年では地表すれすれに刈り払いして残骸を肥料にと8cmだけ残したわけだ。そこを私に見られてしまった。だから、30年ぶりで委託研究員と出会ってそれを指摘しても黙っていたわけですね。で、翌14年では出来るだけ取れになって、15年では奇麗に取れと指示を出した。15年は、1〜3月まで大量に降雨があって、サクラソウの出来もよく野焼き時代に戻るものと誰しも思っていたところ、16年の降雨量0に等しい洗礼を受け、くわえて冬無しの高気温が続いてサクラソウは弱小のまま終え、ノウルシも開花せずに立ち枯れを起こした。こうなると、残骸を残さなかったのは肥料にならなかったからだと胆略
(たんりゃく)的に捉え、4センチ前後に残骸を残させた。

弱消化したサクラソウが4cmの残骸を潜り抜ける力は弱く、日の目を見たときはすでに他の植生が成長していて我がの世の春を迎える空間が無かった。

これが祟(たた)って弱小と元気の無いシーズンになってしまったのである。本年は一度も全盛期を思わせる瞬間が無く終わった。能のあるものなら40数年もサクラソウにかかわってきたのですから、その辺が読めなくてはならない。植生とはなんだ?という門外漢の私でもそれぐらいは読めるのだからね。

国からの補助金をもらう関係上、規則で決められた研究員設置義務のために能無しでもおかざるを得なかったようだ。

というよりは、現文化財保護課の担当者は新米ゆえに委託研究員に翻弄されたものと思う。私との話でそれとなく苦い顔をしていた。前任者はその上司である儀脩課長がついていたから難なくこなしたがね。それも、儀脩課長という方は義理堅い方で委託研究員を長年の労をねぎらう意味で丁重に扱っていた。私のようなものでも、多少ともかかわりがあったというだけで、天然記念物指定70周年論文集に何が何でも昭和43年前後の実さんの写真で無いと困るとかで大変でした。管理が悪いものですからスクラップは散逸していて古びたプリントでもいいと昭和45年のヨシとオギ刈りを儀脩課長と腰を痛めあって苦労としたことへの労をねぎらう意味で義理を果たしたのだと思う。その流れから委託研究員に対しても力量はどうでもよく磯田氏で無ければならなかったのでしょう。それが能無しを有頂天にさせたのだ。

委託研究員は一応専門家である。それが気候天候はもちろんのことすべての変化や進化?等を鑑みず、もっぱら自己の趣味で税金を食い荒らしている。

刈り払いに移行してからサクラソウの弱小化は何で起こったか、専門家であればそこに考えが至らなくてはならない(もしかしますと彼は弱消化したと思っていないかもしれない)。
サクラソウの生育にかかわりの無いいじくり回しはいただけない。指定地だから手をつけられないと私の提案にはそういいきっておいて彼の趣味の植生を見せるためなのか、ヨシとオギの刈り取りを平然と行う。これらはサクラソウとは何のかかわりも無いのである。

そのような行為が可能であれば、私が提案している、サクラソウを覆いかぶさるノウルシが10cmほどに成長したところで除去するのはいとも簡単なはずです。それによって、隠れているサクラソウに日の目を見させて、その結果として来訪者を楽しませることが出来るのです。それが来訪者へのもてなしであり、礼儀であると考えます。保護とはそういうことではないか。つづく。

この頁トップへ


サクラソウの今昔(完)
05/05/22

↑で何をしているのですかと尋ねたら作業員から【先生の趣味でしょう】が返ってきた。
この作業はロープから奥行き5mの範囲内にある、ミゾコージ、コバギボウジなどを見せるための除草作業です。このような作業は一年中あちこちで行われています。サクラソウとは何のかかわりがないのにです。それでいてサクラソウを見せる作業は何一つしません。

文化財保護課や委託研究員は、天然記念物指定地だから手を入れられないと吐き捨てるようにいいます。それでいてこのざまです。このようなことが出来るのですから、今日では4月末からG Iと共にやってきたといわれるハルジオン退治の方が大事ではないか。今年は広い範囲にはびこっている。これに侵食されたら在来種はひとたまりもないのではないか。

上のような作業で5人、時給900円として、8時間稼動では1日当りの支出は7200円。5人では36000円、1ヶ月(20日出勤)では72万円、委託研究員の分を入れると100万は税金から出て行きます。
それでいて通路側のサクラソウが見えるようにする作業はしないのでは税金の無駄使いです。

ロープ脇のサクラソウを見せるには、ロープから奥行き3mのゾーンのノウルシの除去に2月半ばから始められ、四月中は、ノカラマツの除去、5月はハルジオン除去が続き、以後の作業はご法度とします。この人たちの生活を少しだけ脅すがやむをえないでしょう。

まとめ
1979年からの5年間の平均気温より2001年からの5年間の平均気温が1,5度高い。

このせいで、サクラソウ以外の植生は1ヶ月も早く活動を始めている。ところがサクラソウは有史以来の姿勢を崩そうとしない。それゆえ、他の植生が冬眠中にサクラソウが繁栄するシステムが壊れてきている。結果として4月20日頃からノウルシ以外のヨシとオギ、ノカラマツまでが鑑賞の邪魔になるほどに成長する。サクラソウも1,5度の高気温に見合うよう活動させなければならない。

これを手助けするには、発芽と成長を阻害する要素を取り除く必要がある。その最たるものが、ヨシズ張りの原料であるヨシとオギの刈り払い残骸をきれいさっぱりと取り去る必要がある。↓のような状態では1ヶ月も早くなった気候にシンクロできない。


この頁トップへ

種子ができないを考察
05/05/23

100年前の明治36年からこの方、荒川流域のサクラソウ自生地には昆虫は稀、というよりはいないが正しいかもしれない。これをいいことに昆虫がいないと受粉されないからタネが出来ないから分身繁殖だけだと寿命の5,60年で死滅すると学者らしからぬインチキ論を広めたのが、鷲谷いずみ筑波大学生物化学系講師(現東大教授)であった。ここ3年来、
鷲谷氏の、その部分の書き込みに出会うチャンスがなくて、やっと本年、さいたま市教育委員会が採用した光村図書刊 小学校国語D銀河に本人が著者となった、サクラソウとトラマルハナバチに、さいたま市の小学5年生の女の子とそのお父さんから聞き及んで遭遇。

なぜか花がさいてもタネが実らないというのです

とまるで風聞として描かれているのを発見した。そこでは昆虫がいない理由を

その周辺が牧場や畑やゴルフ場に変わり

と全国各地の諸現象をあたかも田島のことのように書いていた。

こういう嘘がなぜ起こるのか。その一面を本日の自生地で見ました。
自生地内には地下水計測溝があります。今日はそのデーター収集日でして、計測者に
あれは無駄ではないか、地下水が上ににじみ出るならましも、沈下するんですからね。と問いかけたら、収集者いわく、
ああ、これはここのためではなく、治水工事でどういう影響があるかをこの界隈に何箇所か設置している
とのこと。そして、
この柵がないときから設置していた古いのですよと。
そこで何年前から?と尋ねたら、
20年前です
と答えていた。

あの柵は戦前からあるもので20年前とは知ったかぶりもいいところ。鷲谷氏のインチキ論もこの轍ですね。見てきたようなうそを言いの見本です。知らないものは簡単に信じてしまう危険をはらんだものです。鷲谷氏も送粉昆虫がいないものだから、誰も知らないだろうし、無責任に、国語Dで、受粉がうまく行われないと、植物はタネを実らせることができせんと書いているように杓子定規的に決め付けたのである。それはさておいて。

毎度書いてきたようにタネは売るほど出来ている。平成13年にシーズンが終わっても自生地参りをしていて5月末に、星型の真ん中に果実を発見、その真下にサクラソウの葉があったのではじめてサクラソウの果実と遭遇した。同15年にタネができないと言いふらしたのが鷲谷氏と知ってから、丹念に結実の様子をカメラに収めてきた。このページですでに写真を掲載していますが、本日の記録分をしつこいですが載せます。

本日の目的は5月6日から取材した果実の成長している様子を意図していましたが、前2回の対象が毎回特定できません。それでは成長の様子とはなり得ないので本日分だけを載せました。田島白だけは比較できます。6日の田島白と本日の同じ株と見比べてください。
2週間で1ミリに成長しただけでした。他のも成長が遅いですね、大粒でやっと3ミリでした。そこで隣家の日本サクラソウの園芸種を見ますとこれも大きいのが2ミリ程度でした。

ある人から、果実が出来ても大粒が受精卵、小粒のが無性卵と聞き及んだ。釈然としないのだ。受粉されないのに果実が出来る理由は何か、本当に無性卵果実があるのか、これが確認に6月いっぱいまで気が抜けません。


22日の作業風景は矢印の付近です

この頁トップへ

6月へ  もどる   トップページへ   ご意見箱