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サクラソウ3月

田島ヶ原の花々 2006年度

ご意見箱
 3月の目次 
今年は早いと見たが
 1ヶ月ぶりの氷点下0.5度
晴れ間をぬって
春が匂っている
日一日と
 
春の妖精たちが少しづつ
春の嵐の後は
サクラソウにつぼみが
種子発芽の実態
本年の見頃はいつか
 
サクラソウ開花第1号
私と田島サクラソウの関わり
   
さいたま市で桜開花
サクラソウ開花第2号
そこかしこに咲き出した 
たた大変だ〜アマナがッ
アマナ考
弊害の実態
馬鹿な作業をやらかして
本年も昨年並みの北の

今年は早いと見たが遅れている
06/03/02

今年の天候は異常ですね 昨年の12月は記録更新尽くめの寒波襲来 本年1月は平年並み 2月は月頭だけ氷点下 以後はマイナス気温は0でした ところが 記録尽くめの寒波の所為なのかサクラソウの発芽は遅れました 10日ぶりで自生地へ サクラソウはあらかた発芽しています が 04年度と比べるとはるかに遅れています 何時までも寒かった

05年度と比べても遅いですね サクラソウだけではない ノウルシの成長もはるかに遅れています ノウルシが遅れるのは大歓迎です 遅れた分だけサクラソウは日の目を見られますからね ずーっと遅れてほしいよ 写真は本日の様子です 04年05年と比べてみてください
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1ヶ月ぶりの氷点下0.5度
06/03/05

赤字は公式発表

13時自生地地表温度14度(10.1度) 最高気温12.7度 快晴 微風

サクラソウは順調ですが その他は遅れています サクラソウにとっては好都合ですがね  でもなんだか心配 何が心配かは不明です ただ もやもやとして・・・ ノカンゾウは平年並
↑はやがてノウルシの陰に ↑は↓の囲い 最盛期にこのアングルで比較する
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晴れ間をぬって
06/03/06

赤字は公式発表

12時自生地地表温度22度(15.7度) 最低気温1.4度

09時過ぎに厚い雲が薄れ 明るくなった 西に青空が見えた 衛星画像を見るとドーナツの芯のような空間がある 10時には天頂が真っ青だ それっ!自生地に飛んだ 慌てたのは 空間の大きさから見て3時間しか晴れ間は望めないと見たからだ 正解だった 13時には全天掻き曇った 予報どおり雨かな?
無風だったのが正午前から南風が逆巻くかのように吹き出した 春一番かな? 本年から風の様子をスカーフで表現することにした シャッターラグ5秒の旧式デジカメなので決定的チャンスに弱いが・・・

発芽したサクラソウは葉の丈や幅も目に見えて成長した ホトヶノザがやっと顔を出した
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春が匂っている
06/03/08

赤字は公式発表

最低気温2.5度 13時現在17.1度 最高気温18.8度 春霞  微風

空気が柔らかく匂いがある 空は春霞 そこへ突然 13:30の自生地内は25度 初夏が割り込んできた 慌てん坊のオギとヨシやカラマツソウがマジックのように現れるだろう 
三味線引きを主とし 双眼鏡とデジカメ片手の初老の男性と出会った いつもの話が続いてホトケノザを知らないというので群落している場所へ案内した この方 花の撮影は初心者というのですが 見事でした

何が見事かと言えば オオイヌノフグリやホトケノザを踏まないように不自然な格好で撮影を始めたのだ 足の踏み場もないうえにローアングルでそれはそれは大変だった 

そうです この心がまえが大切です ワンカット撮影するのに何十倍もの植生を踏み潰すのが普通ですが 一億総カメラマン時代に全員が踏み潰していたんでは この国から自然が消えるでしょう 最近になく喝采な一日でした

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日一日と
06/03/11

赤字は公式発表

13時地表温度20度(15.8) 最低気温3.1度 最高気温16.8度 南風2m

昨日のシトシト雨はお湿りにはなりませんで゛した サクラソウは目に見えて大きくなっています 残念ながら4センチ以上の残骸部分は顔を出せない場所がほとんどです 残骸のないところはすくすくです フキノトウも白い花を咲かせました アマナの開花は35年前より遅れています ノウルシもサクラソウにとって邪魔なほど目立っています
↑と↓は地続きです 更地にはサクラソウが繁茂し 残骸はやっと3,4株です
↑2カットは 柵から1mの範囲にあるものです これらは中央入り口右側から十字路まで続きます やがてノウルシに遮られ日の目を見ることはありません もったいなですね
フキノトウはBブロック(中央通路右手前)の西はずれにあるものをDブロック(十字路右先)の西はずれに多数移植しています ヒロハのアマナもどこからか持込んで移植しています

こういうことが堂々とできるのですから前記ノウルシに遮られるサクラソウを救うのを極度に嫌うのは理解に苦しみます その理由として老委託研究員は私に 予算がないと文化財課が嫌うといい 文化財課は 天然記念物指定だから手をつけられないという

いかにも矛盾だらけの保護??政策ではある
 要するに部外者は黙れということですね

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春の妖精達が少しづつ
06/03/14

赤字は公式発表

12時地表温度13.4度(7.7) 最低気温−1度 最高気温8度 南風3〜4m

一昨年の3月13日の誕生日にサクラソウが一輪だけ咲いて祝ってくれた 80歳の今年はサクラソウではなくシロバナタンポポとアマナが祝ってくれた 12日では確認できず 13日の昨日はすっかり忘れて 本14日に一日遅れのお祝いを頂いた気がします

アマナの開花は35年前より遅れていますとぼやいたが本年は35年前と同じでした(^○^)

いい加減な云い伝え
1) 土壌が違うとタネをまいても発芽しない
2) タネをまいても一年目は発芽しない 2年目に発芽し 3年目に花が咲く 他にも色々とあるが本日はこれを取り上げます

昨年の6月半ば頃 管理事業としてサクラソウの種子の採取がありました そのときに3個ほどもらいまして 隣家の花好きのご夫婦に上げて9月に植木鉢にタネを蒔きました 2月半ばから確認していましたがついに発芽しなかった と思っていたところ 昨日隣家に呼ばれ タネは2箇所にまいた 今まで見ていたのは蒔かなかったと思う これは別の鉢ですがサクラソウですか?といわれ 見たところ立派なサクラソウでした 同じことが自生地でも昨年まいたタネはすべて発芽しています ↓は隣家のサクラソウ
次は花が咲くかですね 自生地でもタネをまいたところでは一斉に発芽しています 現状ではレンズの許容範囲外ゆえに紹介しにくいので旬のときに改めて取り上げます 咲けばすべての云い伝えは信用できないことがはっきりします

自生地でノウルシに遮られるブロックに印をつけておきました 日の目を見ない現場を・・・
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春の嵐の後は・・
06/03/17

昨夜21時からの暴風雨の実態と公式発表は一致しませんね 我が家の屋根はトタン葺き23年前にさびだしたことからプラスチック製瓦をその上から密封してある 以来 強風にあってもトタン演奏はなくなった ところが昨夜はそのトタンがけたたましく演奏していた 隙間を縫って演奏するには風速20m以上でないと演奏しない 公式発表はなんと3〜5mだ

春の嵐は本日も暴れていた 14時に電線が静止していた 歩く人たちも風に行くてをはままれることもないので自生へ飛んだ が 遮るものがない自生地では北風10mの天下だ

公式発表では総雨量は12ミリ この程度では乾燥しきった自生地のお湿りにもならない 表面乾燥はそのままだ 水の浸透性がいいのと乾燥した強風で湿りが奪われたのだろうか

風も凄かったようだ 柵に張られた上段のロープが一箇所千切れていた

我が家側の桜並木ではつぼみが目に見えてきた そこの開花は 03 3/16 04 3/19 05 3/31 自生地ではいずれもサクラソウと競演していた しかし 本年はどうなるか 未だにサクラソウがつぼみを持つ気配はない この後の気温次第でびっくりさせてくれるかもね
ヒロハノアマナはススキ同様に7、8株が団子状に固まる 葉の幅はアマナの約3倍 肉厚 葉の中心に白い線がある 花も成長するとアマナの50%増しの大きさに開平する

自生地で見るアマナ属は3種類 
★それぞれが単株で独立するも群落する 
★一匹狼で群れず ヒロハノアマナの花よりもさらに大きく一輪しか咲かないなど

ヒロハノアマナは 元々はこの地にあったらしいが 今あるのは他から持込んだものである したがって今見えている群落↓の性質があるのかは不明です 
 
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サクラソウにツボミがついた!
06/03/18

赤字は公式発表

12時地表温度20度(16.2最高気温) 最低気温2.7度 南風3〜4m 午前晴れ 午後より曇り

06/03/14と一昨年に紹介していた種子発芽について 鴻巣の熊谷さんから間違いだよの指摘がありました そのことについて本日ご多忙をぬって40k先から自生地においでいただきました さすがは栽培のプロですね 私が毎度探しているサクラソウの蕾を一発で見つけました 残念ながら私のどうしようもない旧式デジカメラの後ピンでピンボケです

私が種子発芽としていた件については明日改めて提供された画像を通じて紹介します

本日は土曜日とあって来訪者はかなりでした そして皆さんがっかりしています 若いお兄さんが一人で散策しています それを捕まえて持論を展開しました そこへ熊谷さんが見えられ3人でサクラソウ談義でハナを咲かせました 正午直前から南風が吹き出しました

今日の自生地は 山桜やヒメオドリコソウと土筆が顔を出しています 恐ろしいです 昨年よりは一週間遅れていますが ノウルシの頭頂が黄ばんできました この先は一気に伸びます 哀れなのはその周辺のサクラソウです またもやノウルシに遮られて花を咲かずに生涯を終えます

今年も来訪者にお願いして下手な構成の華とさせていただきました
↑ようこそサクラソウ自生地へ 今年はもう3度目とはご苦労様です
↑足立区から毎年見えられるサクラソウ自生地マニアです お疲れ様
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種子発芽の実態
06/03/19

赤字は公式発表

最高気温10時14.7度 最低気温7.9度 11時より突風 晴れ

日本やった!奇跡の決勝進出 先ずはおめでとう キューバは弱そうだから世界一だ
本日は11時過ぎから南の突風 午後から断続的に20m以上の北の突風に変り二重屋根のトタン部分が協奏曲の連続だ

さて サクラソウの種子発芽の実態は 科学的な問題は捏造や論文盗用が日常化している学者に任せ 私の毎日の目視情報に基づいて考察するものです

桜草の園芸種を繁殖させている鴻巣の熊谷さんから↓の2カットの種子発芽としているのは間違いとの指摘がありました 間違いがあるといけないので熊谷さんのメールを転載


送信者: "k-kumagai" 宛先: "青木実" <sakuraso@jcom.home.ne.jp>
件名 : お誕生日、おめでとうございます 日時 : 2006年3月15日 13:18

一昨日、お誕生日だったとの、本日知りました。
80歳、御長寿誠におめでとうございます。

毎年拝見させていただいておりますホームページ、益々、熱意を持って桜草の保護に力が入っているなと、何時も感心して拝見しています。

私の八重咲き桜草もポット数が1200ポットを超え、益々忙しく、かつ楽しみな毎日が続いております。本格的な桜草の季節になってきましたので、本当に春の季節は良いですね。

ところで、昨日付けのコメントの中、および昨年の桜草の実生の説明・写真の中で誤りがありますので、誠に、大先輩に対し失礼とは思いましたがメールをしたためました。

と言うのは、折角、桜草の保護を熱心にされております青木様が誤った情報を発信して、 それを専門家に衝かれては大変だと考えましたので、おせっかいにもご説明致します。

まず、桜草の実生ですが、
 ○ 当年採取した種は、当年に播種しても、自然界では絶対に発芽しません。
    発芽は、冬を越した翌年になります。
 ※ 栽培家は、品種改良のため早く花を咲かせるため、当年の発芽を促すためホルモン剤の「ジベレリン」を作用させ、採取した年に発芽させ、秋までに苗を育て、翌年開花させています。
 ○ 翌年発芽した実生苗は、秋までに一人前の苗になり、さらにその翌年に開花します。    
 
 よって、種を採取した、2年後に開花するのです。

 昨日の記事の隣家の桜草についてですが、写真を見る限り、1年以上前に育った苗が育ってきたものです。 実生は、早くて4月中旬以降に発芽します。寒い時期の発芽はありません。ですから3月中に出る芽は、すべて1年以上前に育った苗が育って出てくるものです。ですから、隣家で桜草の葉が伸びてきたものは、発芽したものではないのです。

 桜草は双子葉植物ですので、発芽すると、双葉が展開し、その後、双葉の間から本葉が出てきます。初めから本葉は出てこないのです。
 昨年のホームページの写真の説明に、実生が発芽してきた、との記述は誤りで、実生から出た1年前の苗が発芽してきたのです、とすれば誤りではありません。

◎参考までに、私のところで発芽した桜草の実生の写真を送ります。
 本葉の大きさは、1センチ以下と小さいです。
 ※平成14年5月3日撮影
   双葉の間から本葉が出てくるのが判ります。

※平成16年5月5日撮影

 以上の状況でありますので、もしご不審な点がございましたら、他の文献などを参照していただき、更なる情報発信を期待しております。
  桜草の愛好家は多いと思いますが、なかなか生態や保護に関する知識は少ないと思います。
  私も、園芸種の知識は経験をつんで一般の方よりは情報量が多いとは思いますが、桜草会を主催している方々の文献などを見ますと情報量はまだまだ足元にも及びません。

 私も、更なる桜草の改良に頑張りたいと思いますので、青木様も健康には十分留意され、埼玉県の県の花『桜草』の保護のための情報発信を宜しくお願い致します。

鴻巣市 熊谷より

 
ありがたいですね 数少ない応援した頂いている方が専門家ですと何かと心強いです 指摘していただいたのは↓の2カットです

地下茎からの発芽はごらんのように太いものです 一方隣り合って30分の1程度しかないのを種子発芽と断定したのが誤りらしいのです
↓@のカットは何をかいわんやというところだそうです メールで記されているように1年目では このように成長しない 
提供されました画像では丸い葉だけですね それに似たのは@にもありますが これは西洋桜草(マラコイデス)の苗ということでした
↑↓は熊谷さんより提供されたものです
↑↓隣家の鉢
以上のことから私の間違いは明らかでしょう 
日本桜草の園芸・自生種にかかわらず仕組みは変らないと思います ですが 私としてはこの目で確かめたい気持ちでいっぱいです 自生地ではそれを証明している現象があります おととしに紹介していた↓の画像を見てください 03年度に線内の植生を刈り取っていました 目的はここにあったコバギボウシを見せるためでした それが翌年ではごらんのようにサクラソウの姿があります 視野が開けたことで埋もれていたのが生き返ったようです

昨年6月半ばの種子採取時に聞き及んだことは採取した種子をこの一角に蒔くそうでした さて 本年 この一角を見ますとサクラソウが繁茂しています 効果ありと思ったのですが 熊谷さんのご指摘で埋もれていたものだとがっかりもし ですが 画像の左側に同じスペースの切り開きがあります この一角に蒔くといったのは隣接の切り開きに蒔くことのようでした そうであれば その一角の発芽は皆無です 後日確認してまた報告します
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本年の見ごろはいつか
06/03/20

赤字は公式発表

9時7.5度 最高気温14時13.1度 最低気温1.3度 突風 晴れ

街中の電線は静止していた 昨日の失敗したサクラソウのツボミをと自生地へ 自生地では北乃至北西の突風が断続的に暴れていた 目印に立てたオギの茎は昨日来の記録的な突風で行方不明 でも あちこちで蕾は見えていた 

さて 本年の見ごろは?遅れに遅れているので見当もつかないが 間違いのないところで4月20日前後で良いでしょう ただし オギがすでに顔を出していますので見ごろにオギカーテンになる惧れ大です 追々に告知します 

霜害防止にと意固地になった老委託研究員の思惑がサクラソウの茎をモヤシ風にした彼はそんな状況を診ようともしないね 論より証拠 とくとご覧ください
↑は およそ10cmの残骸 サクラソウは必死で太陽を拝もうと背伸びしてモヤシになった ↓は 障害物がないと葉の成長に専念できるから頑丈である 文化財課よ心せよ!
霜害が発生するのは葉が出てからであって 発芽以前では害にならないのである 専門家と称する以上 それと血税を生活の糧にしている以上は個人の趣味による管理ではなく全国から自生サクラソウを目当てに参られる方々のためにも 文化財保護課も視点を変えるべきだね 

3市合併(浦和・与野・大宮)による さいたま市誕生以来 サクラソウに縁のない担当官が増えて老委託研究員に蹂躙されている現状を一日も早く是正することを望みます 

しつこいが 国の特別天然記念物として指定されているのはサクラソウであるのだ 自生地全体ではない 自生地そのものはサクラソウの土台でしかないのである

人々もサクラソウが目当てで参ることを忘れないで 


またぼやいちゃった〜
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WBC制覇!!
世界一日本 おめでとう

06/03/21


サクラソウ開花第1号
06/03/22

赤字は公式発表

12時12.7度 最高気温13時13度 最低気温5..3度 微風 午後〜曇り

田島か原のサクラソウは小粋だね WBCを制覇した世界一の日本を祝福するかのように昨日まではなく 突然4.2ヘクタールの中でたった1輪だけ咲きました!!!

場所は記念碑裏側1mのところ 丈は4cmしかないのに 興奮して言葉にならない
虫の知らせとはこういうことを言うのでしょうね 今日の自生地参り予定はなかったが 何故か足が自然に向いてしまった 着く早々に 管理事業に参加している職員の田口氏が私の顔を見るなり 咲いた咲いた1輪だけ咲いたよ〜とはしゃいでいた 田口さんありがとう

そこへ 東京の探鳥会の皆さん(約50人)が干天に慈雨というか喜んでいた そのなかに私の永遠の恋人がいた 平成13年にご夫婦で探鳥しているのに遭遇 その後に2度ほど奥方と偶然に会うようになった 荒川流域をフィルドにしているのですが中々会えない 昨年はわざわざ自生地に足を向けてくれたのだが 解説に忙しい私に遠慮して立ち去っていた今日も大勢の仲間と一緒だったので話す時間もなかった 連れのご婦人が しきりと青木先生といっているのを見ると会っているようだ でも見覚えはない まあ先生といわれるほどアホではないとたしなめておいた

Dブロックでアマナを撮影している方に咲いたサクラソウを教えたところ 青木さん 昨年の秋にお会いしたときは あれは何だったけと答えていた そういえば見覚えのある中年のイケ面だ うれしいね 氏名と顔を覚えてくれているとは 

ご夫婦が通りがかった サクラソウは見たかと声をかけた 咲いている場所へ案内 ネットしているかと尋ねると 昨年名詞を頂いていますということであった 王ジャパンの快挙が嬉しい余波を引き寄せてくれたのかな?
とにかく雨がほしい カラカラです 正午から雨雲が覆いかぶさってきた この時期の空の散水車はサクラソウにとって力水だ 衛星写真で見ると雨雲が九州から伸びている 頼むよ 箱根の山でせき止めないで〜

http://www.tenki.jp/him/ka/ka_1.htmlより借用

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私と田島ヶ原サクラソウの関わり
06/03/23

 昭和42年、41歳で16歳若いのと結婚する羽目になって、当時の職業である私立探偵では若い女房と生まれるであろう幼子に汚名しか残せない(探偵はごろつき業)。

そこで隠し撮りの技術で写真の印税という資産で残せるかと、対象は、花で有名な写真家がいないので目標をそこに置き、食えるまでのつなぎに東京で探偵のバイトをしながら通える近郊で武蔵野の面影が残る地域として浦和市を選んで移住した。花の写真で有名にならない理由は、誰でも奇麗に撮れることを後に知った。

 貧乏の癖に荒川の対岸にある朝霞市への撮影にタクシーを利用、旧秋ヶ瀬橋の手前で運転手さんが
この左下はサクラソウの自生地で有名ですよ
と教わり翌日に自生地を訪れる。

 当時、自生地には10年もボランティアで管理していた梶山喜代蔵さんがいて、まばらにしかないサクラソウの撮影に適したポイントを案内してくれた。以後バイトのない日は自生地参りして梶山さんから植生について色々と教わり、そのかたわらで管理について勉強もし、来訪者に解説などもするようになった。

 この年の11月に、自生地の1年を追いかけたカラー四つ切りの作品80点を市商工課に持ち込む。サクラソウ祭りがあったから。ところが、商工課長曰く、
この作品を取り上げたら君の個展を市が行うことになるからだめだね。
見事にひじ鉄砲を食らう。

 天然記念物であるから、商工課がだめなら教育委員会はどうかとひじ鉄砲を食うのを覚悟して訪れる。応対してくれたのは係長補佐の吉田さん(浦和市元太氷川神社の宮司でもあった)。

 80点のうち、サクラソウはたったの1点、そのサクラソウを見る吉田さんは見る見るうちに涙を流し、サクラソウをこういうアングルで撮りなさるとは凄い。

 そうです。昔のサクラソウは絨毯のようであったという。その印象を各カメラマン達は追うのかローアングルの作品がほとんどであった。青い空、ピンクの花、グリンの葉っぱの三層構図であった。私は幸運にも、梶山さんが指し示したポイントは、1m四方にサクラソウが30株ほど、左右をノウルシが三角形構図に囲む被写体を俯瞰撮影していた。

こんな構図に始めて出会ったよ

と吉田さん、相手が泣き続けるものだから私も涙を無理して絞った。
周りの役人さんたちが不思議がって寄ってくる、全員が感嘆詞を上げる。

吉田さんは、部下の色白な若い青木儀脩さんに
これらの作品を君が面倒見てやってくれ
と指示した。

 このサクラソウは大阪万博で埼玉県の目玉として儀脩さんの推薦で採用されたが原版を無くされた。ところが県商工課はちゃっかりコピーして昭和62年まで裏焼きながら使用していた。私の抗議を受けて以後は使用していない名画と騒がれたものでした。

 こうして翌同43年4月に郷土博物館で45日も展示してもらった。この展示中に、たまたま様子を見に立ち寄った折、人品いやしからん長身の方と小男がしきりと見入っていた。そのうちに、人品いやしからん長身の方が小男に
これらは何人の写真家の作品だろうか
と問いかけている。小男はぺこぺこして、聞いてきますと事務所に駆け込んだ。考古学専門の文化財保護課職員がただ一人、出てきた職員は私の顔を見て
すべてここにいらっしゃる青木さんの作品です
それを聞いた小男は私の顔を見るなり
ああ、あなた、何時かの・・・
で、長身の方に私が説明していた事柄をよくも忘れずにとくとくと説明していた。

そうです、例の商工課課長だったのです。まるで自分の手柄のようにしていた。それにしても記憶力抜群ですね。

長身の方は私に向かって
私はケチで通っている市長です。本年は市制35周年ですが、これっといった行事を組まなかったが、これだけの作品展であればどこにも文句は言わせない、ありがとうございました。
と握手してくれた。そうです、現相川市長のお父さん市長だったのだ。

この勢いでマミヤ光機から山と渓谷社で募集している情報を得て麹町にあった同社を訪れる。身分と狙いを申告するが、募集はしていないと断られた。やむなく帰りかけのドアのノブに手をかけたとき、
ちょっと待って下さい
と応対してくれた編集の木村一也さんが
一応 作品を預かりましょう
多分、この私立探偵をこのまま帰してしまうと後がうるさいと思ったのでしょう。
ということで山と渓谷社の登録写真家となる。非常に幸運であった。

 吉田係長補佐はアイデアマンであった。多分、保護課在籍間もない儀脩さんに浦和市内の文化財発掘を指示していた。名高い文化財の撮影を私にさせてくれた。

自生地周辺の悪しき現状の是正に儀脩さんは奔走していた。志木街道から自生地に降りる道路は、自生地の柵に沿ってゴミの不法投棄場になっていた。川下では廃油なども燃やされ、黒煙がもうもうと立ち込めていた。

 儀脩さんは、ゴミの山から捨て主がわかる資料を拾い集めては警告し続けていた。私は私で、夜中の盗掘犯を捕らえるべくバイトのない夜は毎夜張り込んでいた。S42〜45年の4シーズンで5人も捕まえた。儀脩さんの血のにじむ努力は報われず、自生地の将来は無きに等しかった。

 同45年に、県の余計な表彰に梶山さんが腹をたてて辞められ、3月に入ったというのにヨシヶ原のまま。たまりかねて、生まれて始めて草刈鎌を求めヨシ切りを始める。まもなく儀脩さんも草刈鎌を携えて自転車で駆けつけた。青木さんが草刈している情報でかけつけたという。これは儀脩さん一流のおだてである。当時は携帯電話もなく、付近に公衆電話もない。草刈しているのが青木と知っているものがおるはずもないからです。たまたま、儀脩さんも同じ気持ちで駆けつけたところ、先に私がそこにいた、で、とっさにそのように言ったのだと思う。

 こうして1日かけても100坪も刈り取れない、その上、二人とも腰をやられる始末でした。これ以後、管理は文化財保護課から公園緑地課に移る。その際、儀脩さんから、何かあったら青木さんに連絡するようにと電話が教えられていた。もうそれは大変であった。緑地課から請け負った業者の職員達では文化財に対応できないからでした。

 この縁から1990年に、浦和市が天然記念物指定70周年記念論文集を出すにあたって、昭和42〜45年当時の作品の提供を儀脩さんから求められ、記念論文集に関係者の一人として青木実の名が刻まれた。

 同46年から山と渓谷社の求めで野生キノコの取材にテーマが変ってサクラソウ自生地から決別して30年後の平成12年4月、車で新秋ヶ瀬橋をわたる際、サクラソウが30年前の50倍にも増えたのを見て郷愁を覚え、その日の夕方に立ち寄る。それは見事であった。市の腕章をつけたものが私の質問に嘘で答えていた。後に文化財保護課へ儀脩さんを訪ねた。

儀脩さんはポジションが変って主事に昇進していた。文化財一筋に35年も勤め上げた文化財のエキスパートだった。

市の腕章?今ではそんなものを与えていないが。誰だろう、請負業者かな?

嘘で答えた内容は、私は30年ぶりですから、てっきり市の職員と見て、
30年前の50倍にも増えたのは移植に成功したんですね
と話しかけた。腕章の男は、
そんな馬鹿な、昔からだよ。
へえ?昔からというと何時頃から?
俺は35年も見てきたのだ。
見たところ歳は30代後半、35年も見てきたとは嘘コケーと内心で叫んだ。
何につけてもこういう手合いは必ずいるものです。

とんでもないことを言い出す教授がいてね。30年でサクラソウは死滅すると。中には一度も自生地に足を入れることもなく、他人の文献に自説を当てはめるのもいてね。
 とはき捨てるように儀脩さんはぼやいていた。多分、元私立探偵と知っているからぼやいたのかもしれない。私も、その説を唱えた教授は、自生サクラソウに詳しい学者がいないことをいいことに、反論され得ない分野で箔付けしたのだろうと考えた。

それならば、50倍にも増えたことをインターネットを通じてリアルタイムで告知するかと思いついた。歳も歳だしルンペンでもあるから暇は売るほどあることも手伝って平成13年から30年死滅説のインチキ論の探求に取り掛かる。

 同13年4月に自生地で儀脩さんの古くからの部下に会った際、儀脩さんの言葉の確認をしたところ、その教授というのはもう故人となった方らしいという。でも、まだ別のがいるんですよ、資料を送りますね。どっさりと資料が送られてきた。

以上が私とサクラソウのかかわりと30年ぶりで本格的にかかわるきっかけです。

平成13年2月の頭から自生地に入る。そこで目に付いたのがヨシとオギと雑草の刈り払いであった。それまでしていた野焼きではなかったのだ。しかも、残骸がじゅうたんのように残されていた。作業していたおばさん達に尋ねると、肥料に残せと指示されているという。思わず、そんな馬鹿な、であった。あんな度硬いものが肥料になるまで何年かかる?

サクラソウが地上に顔を出しても、この残骸を潜り抜けなければならない。それでは茎はモヤシ状になるだろうしエネルギーの消費で卑弱になるだろう、見る、撮るだけしか能がない私でも考え付きます。案の定、サクラソウは30年前と比べて丈が半分、花も3割方小さい。毎年見えられるカメラマン達も同じことを言っていた。

どれほど小さいかを、元高校教諭の大垣晃一さんがガーデンライフ・東京山草会」共編の『野生のサクラソウ』という本で、昭和52年4月20日発行の記事「サクラソウ作り5つのポイント」に
葉の位置とおなじくらいの高さ、地表から20cmのところで
とあります。葉の丈は20cmあったのです。花穂はさらに10cmほどありますからサクラソウの全長は30cmにもなります。04年度で取り上げていますので参照してください。
  http://www.ettsei.com/newpage45.htm 
 04/03/29 やっとシーズンが来た〜

現状は↓の画像のとおりです。

平成13年は、気温が低くサクラソウの生長は遅々としていた。早いのは4月2日に開花していたが全体としてはさっぱりであった。ぎりぎりまで寒かったために咲き出したすべてが凝縮されたのか、色は濃いものであった。

そこへ、30年ぶりで磯田洋二氏(委託研究員)と出会った。彼は色が濃いことについて私と同じ感想であった。私はすかさず、
サクラソウが30年前と比べて丈が低く花も小さいね、それは8cm前後の残骸残しが原因ではないかな、サクラソウは地表に顔を出しても8cm前後のど硬い残骸をくぐりなければならないのだからエネルギーの消費でこうなったんでしょうね。
彼はそれに答えず黙って聞いていた。

 同年12月に自生地を訪れると刈り払いの最中であった。この年の発芽が3月15日であったために早めたのであろう。その際、残骸はできるだけ取れの指示があったそうだ。私の指摘に黙って聞いていた彼はしまったと思ったのだろうね。同14年も12月に刈り払い、残さずに取れと指示が出たという。いずれも請け負い業者からの話です。

 専門家と称する彼が、何ゆえにこうも不定見な行動に出る理由は専門家とはほど遠いからに他ならない。私が平成の現在から見て35年前に見ていた彼は蕨高校の教諭であって、4月のさくらそう祭りの期間中に生徒を動員して計測しているに過ぎなかったのである。1990年の記念論文集の編集員であった彼は川口高校の教諭、この間に教諭の職務を放棄して自生地に没頭は考えられないから、サクラソウに関しては無知に等しいといえる。学生の動員はS49年に打ち切ったのか同50年からは、おばさん達に代わっていた(記念論文集の写真による)。

 こんな体たらくであるから野焼きから刈り払いに移行するに当たって、彼は刈り払いの実験区と野焼きの比較をしていた。その結果は、刈り払いでもサクラソウは順調であったというので善しとしていた。ところが、刈り払い区でも確かにサクラソウは咲いたが、野焼き区との違いについては考察していなかった。むしろ、野焼きによる肥料が得られないから短絡的に肥料にと残骸残しを命じたのである。

 刈り払いに移行した平成11年から同13年にかけてサクラソウに死の行進とも言える8cm前後の残骸残しが弱小化と、白斑点病に至ったという認識もできないのである。体たらくのゆえんです。

 同14年と15年の残骸を奇麗に取れが功を奏して同15年では、サクラソウはやや大きめに育ち、花が白くなる現象も消え(遺伝ブロックを除いて)それはそれは見事であった。残念ながらこの同15年4月18日に私は急性喘息で救急車で病院に担ぎ込まれ23日間の入院生活を余儀なくされて見届けることはできなかった。

 同16年は、雨無しと高気温で保守的なサクラソウ(私たちは4月の花よ)をよそ目に、ノウルシ・ヨシとオギ・ノカラマツらが我が物顔にサクラソウを覆いかぶさってしまった。サクラソウも4センチ前後で開花し弱小化に拍車がかかった。

 この結果、委託研究員はまたも短絡的に肥料が足りないと見当違いの残骸残しを命じていた。

 同17年は、何時までも寒く、サクラソウたちは我が世の春とタカをくくっている間に、他の植生は、地球温暖化によって2ヶ月も進んだ気候にシンクロしてサクラソウの我が世の春を奪ってしまったのであった。

 同16年4月19日で
04/12/25〜本年3月30日までに8ミリしか降雨がなく、ノウルシもサクラソウも育ちが悪かった。このために一度も最高瞬間の予報が出せず、逆に悪い方の予報は正確だった。

 
同17年423日で
今年のサクラソウは悪いまま終局に向かっています。花の命は1週間程度で白茶けたり、またはしおれだしています。4月現在の降雨量は60ミリですので水分不足とはいえない。
原因は二つ考えられます。

1) 昨年の高温と雨無しで大半のサクラソウは弱小のまま生涯を終え、次世代のための栄養補給のないまま弱小または栄養失調に定着

2) 本年はそれに加えて肥料にと刈り払い残骸を4センチも残して発芽を阻害し、日の目を見たときは時機を失した
 

 以上のように2年続きで早々と情報発信終了を宣言していました。ずぶの素人の私がこれだけ考察できるのに専門家と称する彼はまたしても短絡的に、2年続きの不良原因は残骸を残さなかったことによって霜害にあったと、霜害防止に地表をかぶして置けと命じたという。その結果が同15年との違いを浮き彫りにした。

04年 06年

 厚く重い残骸を潜り抜けると茎がモヤシのようになって弱小化すると同13年から言い続けてきた。が、一度もそれを実証しなかった。老委託研究員の老害がサクラソウの将来に危険信号が灯った今、明らかにすべく意を決した。それが↓の画像です。残骸がないとでは弊害は歴然です。

 権威のない老人のたわごとと思うのか賛同者は幾人もない。私も組織だってことを起こさないためであるのでしょう。

 今後については、サクラソウについて定説となった捏造されたインチキ論が独り歩きしている現状の打破および老害から如何にサクラソウを守るかに、80歳という高齢で残り時間はほとんどないが目が黒いうちは叫び続けます


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さいたま市で桜開花
06/03/24

赤字は公式発表

最高気温12.5度 最低気温6.23度 北北西8m 薄曇り

例年真っ先に開花するポイントです 確認は本日ですが昨夕かもしれない



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サクラソウ開花第2号
06/03/25

赤字は公式発表

11時現在10.6度 最高気温14.7度 最低気温5.3度 微風 晴れ


アマナとヒロハノアマナの違いをあるご夫婦に解説していたところ奥方が第2号サクラソウを発見しました 記念石碑の真裏では第3号として今夕か明日には咲くでしょう わくわくしてきますね

アマナ・大アマナ・ヒロハノアマの3種類が自生地にあると紹介してきました 原色日本植物図鑑によれば アマナ・ヒロハノアマナ・ホソバノアマナとありますが 自生地にある大輪花のアマナはどこにもありません そこで便宜的に「大アマナ」と命名しています

ところで 自生地にあるヒロハノアマには葉の中心に白い筋があるものと無いものがあります ずぶの素人ですのでさっぱりわかりませんね

大アマナについては一匹狼的と書きましたが 今年は群落していました 突然に増えたね

そうなりますと自生地では4種類あることになります 後日整理して紹介します
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そこかしこに咲き出し
06/03/26

赤字は公式発表

最高気温16.3度 最低気温6.5度 微風 曇り

予想通り記念石碑裏は咲いていた その他レンズの許容範囲内で2箇所 範囲外で3箇所ただし いずれも葉の丈は5cm未満です 今年は今のところ 残骸がないか少ないところでは平成13年並にサクラソウもアマナ類も密集しています ほどほどの気温と降水の所為かもですね しかしながら 先日の雨の影響はとっくになく地表面はカラカラです
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たたた大変だ〜アマナがッ
06/03/27

赤字は公式発表

最高気温16.4度 最低気温4.4度 微風のち南突風 晴れのち曇り


今日は書きたいことがいっぱいありますが まとまらないよ サクラソウは昨日よりもさらに増え アマナと饗宴しています まだまだ淋しいですがアマナとの饗宴は乙なものです さらに アマナの花や葉の違いも検証できます アメリカサイシン(スミレ)や土筆なども

見覚えの顔が見えた 03/22で紹介しました 昨年秋に出会ったDブロックでアマナを撮影している方でした 22日では氏名を伏せましたが もう良いでしょう 私と隣ブロックに在住の関口さんです 苗字から見ますと土地っ子のようですね 専門は蝶類です そういえば手製の名詞では桜花に吸蜜する蝶が実に美しい

氏の本日の目的は先日私が仮命名した大アマナのかっと開いた様の撮影ということでしたそして実に探究心旺盛 かつ 博識家ですね 私のように上っ面だけと違いますね そこでアマナを支障なく撮影できる秋ヶ瀬公園内の子供の森の群落地へ案内し 色々と植生について教わった 

アマナを仔細に見ると葉の違いや花の大きさや開き方も一様ではない 図鑑とすり合わせても結論が出ないですね 本日はアマナの特集と考えておりましたが 葉に筋がないヒロハノアマナの再撮影の必要がありますので明日に延期します

暮れてからのPCですと鳥目です 目が二重に見える状態と時々醜くなるので老眼鏡をかけるのですが余計に見えにくい 画面が明るすぎ所為かと3段階暗くして 周りを20w3本の蛍光灯で照らしてようやく落ち着きます ですが 夕方に2時間もPCと向き合うと文字の識別が難しい もうそろそろおさらばの時期に来ているかもね 前にも書きましたが 今年は何とかこなしても来年の保障は難しいですね できるだけがんばろう!

今年は平成13年並にホトケノザの大群落 サクラソウの大繁茂 その他いずれも大繁茂しています その片鱗を少しだけ・・・
 
↑旧志木街道の土手です
↑関口さんからの指摘でわかったのですが ノウルシが冷害でやられています およそ10cmほどでやられていますので最近のことですね 保存している気象庁のデーターを見ますと3月13日24時の−0.2度から翌朝07時までに−1度〜−0.2度に推移していた この程度の低温ではやられはしないが延べ7時間に及ぶ低温ゆえにやられたのかな? 2/23以降では氷点下は一度ない あるいは幅40m奥行きは無限にわたって記録上の低温よりも超低温が7時間も流れたのかな? ありがたいといえばありがたいですが ノウルシも強いですね 良く見ると早や再生葉が出ています 
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ア マ ナ 考
06/03/28

赤字は公式発表

最高気温17.8度 最低気温8.3度 南南東4m 曇りのち晴れ

この春初めて24時間の高気温でした にも拘らずサクラソウは予想よりも開花しなかった とにかく乾ききっています 雨の予報でしたが霧隠才蔵になったようだ 週末から賑わう?
ヒロハノアマナ 葉の中心に白線 ヒロハノアマナもどき 葉は長く白線なし
もどきは終わりに近いために花は少ない もどきも仲間で団子状に固まって部落を形成する 花の形は共に同系 もどきは秋ヶ瀬公園内でも見られるが 本物は見当たらない
↑大アマナと仮称したが 仔細に見ると自生地内のアマナ仲間では明らかに葉が一番細い↓と比べると歴然です 図鑑での説明では花の大きさに触れず要領を得ない 細葉に改名
花の形や大きさには三つのタイプがあります 左からホソバ・ もどき・ アマナ
直径5〜6cm 直径4〜5cm 直径3〜4cm
図鑑によれば 見えている葉のほかに【花茎は高さ15〜30cm、葉は2―(3)】とあると関口さんから教わりました どういうことかは↓の画像でどうぞ 太い矢印は(3)に当ります 

明日は 残骸残しの有る無しの影響を特集します

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弊害の実態
06/03/29

赤字は公式発表

最高気温11.8度 最低気温7.2度 北西10m 晴れ

強風をついで自生地へ 着く早々に新しいカメラを手にした関口さんから昨日来た? 風速を計るスカーフをおとといそのままにして帰られたという バッグを覗くとスカーフがない 最近物忘れが激しく温度計なんかは毎日のように置き忘れていた 急遽 ゴミ用大型収集袋で援用する 重いのに風は見事に持ち上げていた

昨夜 市内であった寒冷前線による強い風雨はここ自生地では降らなかったのか その痕跡はなくカラカラです

本日の目的は残骸残し弊害の実証ですが 寒風の中では長時間いられず早々に引き上げた サクラソウとアマナの饗宴もアマナが風と冷気に弱いのでだめでした サクラソウは少しだけ賑やかになりました 実証は後日にじっくりとしましょう 

強風をついで市内から3美女が見えられたが 落ち着いて鑑賞できたでしょうか
残骸のある場所と12:07PMカットの薄い場所との違いはお分かりいただけと思う

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馬鹿な作業をやらかして
06/03/30

赤字は公式発表

最高気温12.4度 最低気温−0.1度 南〜北〜西0〜3m 夕方より北の突風 晴時々曇

平成13年から毎年のように刈り払い残骸残しがサクラソウに有害であると云い続けてきました 本年は 霜害予防の名目で4センチ前後の残骸残しをしているとしつこいほどに書いてきました それがどうでしょう 本日 なんと残骸を掻き出しているではないか サクラソウが5cm前後に育ってから掻き出すのではサクラソウ殺しに等しい こんな馬鹿な作業を命じたのはどこの誰か 血税を払っている一市民としては放って置くわけにはいかない

普段は何とか言えば 天然記念物指定地だから手出しできないと嘯きながらサクラソウ殺しを平然とやってのける神経を糾弾する さて 皆さん 馬鹿な現場を見てください
 
↑は昨日の様子 サクラソウは4〜5cmに育っている これを↓のように掻き出している
書きながら腹がたって保護課に電話をした 顔見知りの担当官が不在ゆえに 係長もしくは課長を出せと要求 応対に出たのは25年前に保護課にいて保護作業に汗をかいた方という 私とはすれ違いでお会いしていないらしい 思わずどやしたら作業そのものを知らなかったという 誰が考えてもおかしいという意見だった 思わず安堵 ↓は掻き終った様子  
今朝6時の瞬間と思われますが−0.1度と久しぶりの氷点下でサクラソウはどうなったかと自生地へ 見事に変色してうなだれていた しかし 日が昇るにつれて開花したのは鮮やかなピンクでした 残念ながらレンズの許容範囲外ですので紹介できません
早くもコバギボシやオギが目立ちだし ノカラマツも5cmほどに サクラソウは相も変らずにのんびりしています 自生地の桜は5分咲きです 週末は絶好の桜日和でしょう

残骸残しの有る無しの影響の特集は改めてします

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本日も平年並みの北の強風
06/03/31

赤字は公式発表

最高気温11.5度 最低気温1.6度 北風10m 晴

とうとう3月も最後の日です 昨日の午後から吹出した北西乃至北の強風が自生地の地表を撫で回しています 日中気温が10度ながら15m前後の強風では寒くていられず 午前中にあった来訪者もお昼からぱったりと絶えた 平年並みであれば4月いっぱいは連日のように北風さんの天下です 人間にとって不都合ですが 昆虫がほとんどいない田島ヶ原のサクラソウにとっては得がたい風媒受粉の主役です

本日はニュースありません しいて言えば早生のノウルシが鮮やかに黄ばんだことでしょうか 平成16年からノウルシの一斉開花はなくなって2、3波の開花に推移しています 一斉開花ですと自生地全体が真ッ黄色に そして香ぐやかな香りが自生地いっぱいに漂います

それがなくなっています 昨日見えられた植生に詳しいご婦人に ノウルシの芽出しは赤ですかと尋ねられた 3色あると告げておきましたが 最後尾に掲載しました

中央通路右側のロープ近くのノウルシは何故か本年はまばらです 邪魔者がいなくて幸いと思いきゃ オギとヨシがはびこってきました 一難去って又一難 人間にとっては不都合ですね 身近でサクラソウを鑑賞したいのに オギとヨシのカーテンの向うではね とはいっても ノウルシよりはオギとヨシの方がこぼれ日がたくさんあって サクラソウの生命維持に役立ちます

歩いてこられる方が自生地に到着した第1歩のところにジロウボウエンゴサクが旬を過ぎようとしています 随分と早いですね この地点へは私は行きませんので気がつかなかったが本日も見えられた関口さんから教わりました 関口さんはサクラソウ開花情報ページにある蝶類を印刷して無記名カットに名称を入れて持ってこられました ありがたいですね 私の
どうしようもないデジカメではチョー接写ですと後ピン傾向ですので ジロウボウエンゴサクはピンボケですが事実の証明ですので我慢してください

それにしても雨は中々降りません この時期の雨はサクラソウにとっての命の泉なんだが地面が乾燥してひび割れています
 この傾向は 大正5年から調査してサクラソウを天然記念物指定にこぎつけた立役者である三好学博士の 天然記念物調査報告書 に記載したとおり自生地の有史以来の特徴といえます
ノウルシの芽と根
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