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年頭にあたって
2007年元旦
本年もそれぞれに賀状を出さずに欠礼します
どちらさんもすばらしい1年でありますように

昨年の気候はめちゃめちゃでしたね 夏らしい夏もなく その所為で水害が各地で発生した
当地さいたま市ではかろうじて秋らしい秋はあったが 12月の頭では四季が同居していた
そして 12月中旬に ウシハコベ オオイヌノフグリ ホトケノザが咲いて ノビルにいたっては4月半ばほどの状態に繁茂していた この先いったいどうなるのだろう

文化財保護課のサクラソウ自生地に対する保護事業は狂いにくるっています そもそも天然記念物として指定された根拠は荒川下流にあった浮間ヶ原や戸田ヶ原の天然サクラソウが 江戸時代に来訪者や業者等が取りつくして明治20年以降は全滅していたのを田島ヶ原地権者らが 自生サクラソウを残すには法律による保護が不可欠として三好学博士にすがって天然記念物として指定されたものです

サクラソウがなければ指定なんてはとんでもないことでした 指定に当たって4町歩全体を保護区としたのをいいことに サクラソウだけが天然記念物ではない 指定地内の植生すべてが天然記念物だ 草一本触れるわけにはいかない 他からの植生の移植はとんでもないと老委託研究員や保護課の役人らが私に啖呵(たんか)を切っていた

それがどうでしょう 現在では 生態系団体のボスまでが加わって色んなところから持ち込んでせっせと移植している  私は口がすっぱくなるほど推奨している 中央通路の柵から3mの範囲にあるサクラソウを生かすために その範囲内のノウルシが10センチ前後に成長した段階で根を残して削除する ノウルシは再生するが成長は遅々としています

そうすれば日の目を見ないサクラソウも光合成が得られ 息を吹き返すし来訪者にも足元で鑑賞できる の提案に対して 昨年 文化財保護課の課長と思わしき人物と電話で話したとき 課長と思わしき人物いわく『それじゃ花壇ではないか』と 馬鹿言えというの すでに花壇化しているではないか あちこち掘り起こして他から取り寄せた植生を植栽していたり各個バラバラになっている自生地内の植生を一箇所に集めているのは花壇でなくてなんと言うのであろうか 課長と思わしき人物の発言はなんと言う矛盾だろう 老委託研究員が何をやらかしているのかさえわからないのかもしれない

血税にたかるゲスどもを現在の保護課では 国からの補助金支給条件に研究員常駐があるために 他に変わる者がなく 無駄な年期を盾に肩で風切る老委託研究員に対抗しうる実力者がいないために血税をたれ流しているのである 

新しい情報によれば 3市合併前まで前任者とともに担当していた担当官が昨年から栄転して 現在はその元にいた若いのが担当者となったそうだ それ以後 自生地で何をしているか どのようなスケジュールなのか カリキュラムや報告はまったくないそうだ 老委託研究員は天皇になったつもりらしい それでも代わりがないのか放置しているである

その委託研究員は 昨年の無様を証拠画像を持って私に叩かれた所為なのか 本年は
昨年までの業者を切り捨て 新しい業者が取って代わり きれいに刈り取れと指示したそうです で 新業者は実に丁寧に刈り取っていて(残す刈り取りよりもぎりぎりまで刈り取るほうが作業が楽とのこと)本年は サクラソウが苦労せずに発芽から成長が楽そうです
↑は昨年までの刈り取った後の様子 ↓は今年の様子
この差は歴然としていますね 障害物がこれだけ無いとサクラソウは丈夫に育つでしょう
ですが 平成14年はできるだけ取れ 15年はさらにきれいに取れとの委託研究員の指示が出ていたが 平成11年からの残骸残しによる弱小化と天候不順の追い討ちで弱小に拍車がかかったために れっきとした理由付けもなしに委託研究員はまたも霜害防止に残せとの指示を出していた その結果は 業者が私の懇願に屈してきれいに取ったブロックとでは サクラソウの発芽時期と生育状態の優劣は歴然とし その上 証拠画像を添えて叩かれたものだから 既報のようにサクラソウが4cm前後に育ってから残骸の掻き出しを命じて 伸びていたサクラソウを傷めてしまった 



こういう癖(と言うよりは認知症)だからまたも何かをやらかすでしょう
このような状態を文化財保護課はなんとも感じていない と言うよりは 指示出来る者がいないことにも起因する 

そもそも 管理状態をサクラソウが育ってから監視しているようでは サクラソウの生態の変化理由把握は無理だと知らないようだ 年明けと同時に発芽するまでの気候の把握がまったくなされていない 発芽するまでの日々の天候や気温の変化 その他もろもろを記録しない

私のように毎日出かけて記録していれば専門家であればおのずと短時間で方向性をつかめたはず それが50年近くも関わっていて自生地の様子は何も知らないのである 

ど素人の私でさえ平成13年に30年ぶりで自生地参りした瞬間からサクラソウの弱小化に気が付き かつ その理由を8cm前後の残骸残しと断定できたのにである それは1月から様子見に出かけたからだ その際 野焼きでなく刈り払い現場と残骸残しの現場を見て 作業員らに なぜこんなに残すのかを尋ねている 肥料になるからできるだけ残せとの指示があるからと答えていた

180度の人為的な環境変化でサクラソウたちは面食らったのだ
そのことについて渡良瀬川を研究されている大和田真澄さんが次のようにいっております
それまであった環境を変えることは、それまで生活していた植物たちの生活を脅かす
   http://www.ryomonet.co.jp/mo/mo/FAQ.htm#Q5


委託研究員と30年ぶりに出会い 彼は功労者『現在のサクラソウの総株数は昭和46年までより50倍に増えている 増えた理由は旧浦和市のさくら草増殖事業によるもの 種子採取から苗作りと植栽 早い話が現在のサクラソウは自然ではないと言うこと その指導的役割を務めたのが老委託研究員』と言わんばかりに別のことを言う そこで弱小について 私の見解を述べたことによって彼は翌年からできるだけ取れに変化したのである

専門家がど素人に一発で指摘されて目覚めるとは何事か ところが 平成16年以後の天候不順で弱小化したサクラソウが3cm前後での開花が続いたために 己の能無しを棚に上げて霜害の所為にして残骸残しを再開したのである 霜害というのは発芽以後に起こるのであって発芽前はありえないと園芸種の専門家らは口をそろえているのだ 老委託研究員も専門家と称しているのだから その辺がわからんとはおかしい

まだある 霜害というのであれば野焼き時代にもあり得たはず 私が関わっていた昭和42年〜46年に問題視さえなかった そういう話はトンと無いと前任者や前々任者に尋ねるが
ノーという答えだった ここにも認知症のゆえんか 血税にたかる姿が見え隠れしているのだ その結果は前述のとおり

不幸にして私は専門家ではないので記録は取っていても使い道がないのである 一応は研究者のために当サイトを通じて告知するにとどめているしかないのだ 

刈り払い請負社は1業者だけかと思いきゃ 12月25日からA区(中央通路左側)を別の業者が作業開始していた 先にかかった内田緑化さんは実に手際がいい 計画的に削除して直ぐに後片付けしやすいようにしていた
一方の別業者は 計画性はなく無差別作業 刈りっ放しにして 収集は後からやるのでしょう ですが これでは刈り残し丈の判別は無理ですね
案の定 12月26日の大雨で根こそぎでないことが露呈した 詳しくはサクラソウ1月

ま 今年も憤慨はそれぐらいにして できるだけ本来の目的である情報発信に徹するつもりでいます 乞うご期待
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