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サクラソウ1月(前)

 1月前の目次 
 元旦早朝の天体ショー 
 負けご褒美が史上初の元日月食 
 放鷹術の天才少年と遭遇
 数学が苦手な私には理解不能 
 関口忠雄氏からのお年玉?
 ダイヤモンド富士の新ポイント
 落日軌跡の再確認 
 サクラソウ自生地の野焼考
 目的は果たすが原因は無視 
 天気晴朗 自生地は作業開始 
 氷点下の世界 
 再度サクラソウ自生地の野焼考 
               

再度サクラソウ自生地の野焼考
10/01/16  19:49更新

サクラソウ自生地の管理は磯田洋二を元請けにさせたようですね 野焼業者選定も磯田洋二の組織が決める感じだね もしそうであれば 犯罪です なぜなら 磯田洋二は元高校の先生 専攻は植物のようである にしては出鱈目が多い 過去に取り上げたのを再掲載しましょう
委託研究員がこれでは話にならんね 彼なら何をしてもいいとはね

風上から一気に燃やせと磯田は指示したそうだ 業者はとんでもないと断ったという 普通に燃えしても火の回りが早いために地面すれすれのところでは焼けずに残っていた
これについて 土木が前職と自然観察会指導員の千原さんは
次のように解説してくれました
 火の回りが早すぎる
 結果は焼け切れない
 オギを半分のところから刈り払って燃やせば一気燃やしにならずに
 済むはずだ
 白い部分は完全な灰
 灰はアルカリ性
 しかし 僅かしかない
 炭ばかりでは肥料にならない
 これでは酸性化した土壌の役に立ちにくい
 焼く範囲を小さくすべきだ
 灰の成分実験と言うが あんなもの 小学校でもできる        

ど素人より始末が悪い事件をまたも転載します

馬鹿な作業をやらかして
06/03/30

赤字は公式発表

最高気温12.4度 最低気温−0.1度 南〜北〜西0〜3m 夕方より北の突風 晴時々曇

平成13年から毎年のように刈り払い残骸残しがサクラソウに有害であると云い続けてきました 本年は 霜害予防の名目で4センチ前後の残骸残しをしているとしつこいほどに書いてきました それがどうでしょう 本日 なんと残骸を掻き出しているではないか サクラソウが5cm前後に育ってから掻き出すのではサクラソウ殺しに等しい こんな馬鹿な作業を命じたのはどこの誰か 血税を払っている一市民としては放って置くわけにはいかない

普段は何とか言えば 天然記念物指定地だから手出しできないと嘯きながらサクラソウ殺しを平然とやってのける神経を糾弾する さて 皆さん 馬鹿な現場を見てください
 
↑は昨日の様子 サクラソウは4〜5cmに育っている これを↓のように掻き出している
書きながら腹がたって保護課に電話をした 顔見知りの担当官が不在ゆえに 係長もしくは課長を出せと要求 応対に出たのは25年前に保護課にいて保護作業に汗をかいた方という 私とはすれ違いでお会いしていないらしい 思わずどやしたら作業そのものを知らなかったという 誰が考えてもおかしいという意見だった 思わず安堵 ↓は掻き終った様子  
平成十三年 三市合併でさいたま市が誕生すると同時に保護課の顔見知りたちが一斉に転出 新たな担当官がいた 磯田洋二には弱り切っていた 横暴の一語に尽きるらしい 新担当官との話は02〜04年度に書いていますので参考までに見ておいてください

保護課が知らないサクラソウ殺し作業ができるのは他でもない 磯田洋二その人だ このようにして自生地を私物化して 結果も報告されないと言う それでもましな考えを持っていればまだ救いはあるが 幼稚園児でも嘘だ〜という出鱈目を堂々と広報誌さくらそう通信21号に 馬鹿さ加減をさらけ出している 続けて転載しましょう

今日のタイトル浮かばず
09/02/06  21:06更新

――
先日のゴミ拾いの際 蝶の専門家の関口忠雄氏から E区の西の端が池になっているを見ましたかと尋ねられたのを思い出して その場に立った 殺伐とした自生地に心がなごむ風景があった             
ここは かつて左官屋さん達がこぞって壁土にとさらった跡です 矢印から鴨川縁までも同じように掘られてくぼんでいるが そこには水っ気がない この違いは 池化した場所は 底辺から地中にかけて粘土質だからであろう 一方 この池化した画像の左(D区との通路)及び全域で前述したように既に地表は乾燥しひび割れ出している 
池の端が乾燥しひび割れるのは何故か 改めて磯田洋二に問う

さくらそう通信21号/3・4頁 平成18年3月20日

3ページ右端の上から19行目より下から6行目までを抜粋

――指定地が乾くようになった理由は何でしょうか――指定地を囲んで「さくらそう公園」が造られていたり 指定地の南方に「彩湖」が建設されていたりして 以前とは指定地周辺の様子がすっかり変化していること――この変化が指定地の乾燥を引き起こしているらしい――「さくらそう公園」の場所は もとは湿地でした 人々の憩いの場となる芝生広場を造るため 土地が乾きやすいように排水施設を設けたのです ところが芝生広場と隣りあった指定地も一緒に乾くようになったのです――

であれば 今しもE区西端に池があるのに2mしか離れていないD区画像で乾燥している理由を説明されたい


――「アスファルト道路」が多数作られたために 以前は地中にしみ込んで指定地を潤していた雨水が 現在は舗装道路をぬらすだけで外に流れ去ってしまう――

雨はアスファルト道路にだけ降るんですか? 皆さんには再度衛星写真で見ていただきましょう

鴨川の左に広がる面積の中でアスファルト部分は千分の一以下でしょう よくぞ――「アスファルト道路」が多数作られたために 以前は地中にしみ込んで指定地を潤していた雨水が 現在は舗装道路をぬらすだけで外に流れ去ってしまう――と臆面もなく広報誌に出せるものですね こういう男に血税をつぎ込むのは犯罪です

悲しいことに 周りでは権力におもねる連中がウヨウヨで弱るね 未だに駐車場をなくせば新旧志木街道の土手から染み出す水で潤うと考えている あり得ない話を真と信じ込んでいる 信じるほど馬鹿ではなく 権力側にくっついていれば何かと好都合なのでしょう

幸いなことに 千原さんだけは批判派でした


野焼類焼予防作業がB区で再開されました 日曜日を休んで月・火で仕上げるとのことでした 相変わらず見事な連携作業でした 刈り払いと片付けるが同時進行です

明日は休みます

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氷点下の世界
10/01/15  21:54更新

2010年01月15日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 -2.2 0.0 南西 1  
2 -3.5 0.0 北西 1  
3 -3.5 0.0 西北西 1  
4 -4.2 0.0 静穏 0 0.0
5 -4.2 0.0 静穏 0 0.0
6 -4.2 0.0 静穏 0 0.0
7 -4.6 0.0 静穏 0 0.0
8 -3.4 0.0 西南西 1 0.9
9 0.2 0.0 北北西 2 1.0
10 2.3 0.0 2 1.0
11 4.2 0.0 1 1.0
12 5.7 0.0 西南西 1 1.0
13 6.2 0.0 2 1.0
気象庁より
氷点下の最中にいても一年中 同じ草が秋ヶ瀬公園メインストリートの両側で青々です
グランドの外れの日影では 13:21時点でも氷結していた

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天気晴朗 自生地は作業開始
10/01/14  16:15更新

昨日は列島が大荒れでしたね 九州は北海道並みに全域で降雪 関東地方の平野部では関東暴れん坊の独り舞台だった

午前九時半に14mを越え 同十時半には16,4m これでJR武蔵野線が一時間も運行を停止した そして 発表では22時に−1,1℃とあるが 事実は20:30から0℃以下になっていた 今朝は−4、5℃になるかと思いましたがそれほど下がらなかった もっとも 明日になれば前日の10分おきのデータが出るので確定できません しかし 甲信越各地では−7℃前後だった
2010年01月14日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 -1.9 0.0 西北西 1  
2 -2.5 0.0 西 1  
3 -2.9 0.0 北北西 1  
4 -2.5 0.0 1 0.0
5 -3.4 0.0 北西 1 0.0
6 -3.3 0.0 東北東 1 0.0
7 -3.1 0.0 1 0.0
8 -1.1 0.0 静穏 0 1.0
9 0.9 0.0 北西 2 1.0
10 2.8 0.0 北北西 3 1.0
野焼の前段作業が第二自生地で始まりました 焼くのは1/20と言うのですが 雨がぎりぎりです 昨年同様に夕方から降れば今年も灰が肥料として使命を果たせます 幸いにも昨年の担当会社の担当でした 効率のいい作業に惚れぼれです
わが家前の道路修繕は残りの半分を行っていた 昨日と同じ面積ですが二時間以上も遅れている 16:11現在 残り半分の舗装に入っていない

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目的は果たすが原因は無視
10/01/13  22:22更新

わが家前の6m道路は毎年アスファルトを全面修繕工事をしている 今日も行われていた ユンボーで古いアスファルトをはがした後に砂をまいて コンバインドローラで固め直すのだが 凹凸が激しい
路面のひび割れ原因は 何故か水分が多いため じめじめしていた 何とはなしに見ていたが 慌てて撮影 かろうじてごく一部だけ砂掛けを免れた場所に太陽光で反射していた 分かりにくいですが
このように 新規にアスファルトを敷くのが目的で 路面のひび割れの原因はどうでもよいらしい それゆえ毎年し直すわけです 私にとって幸いにも砂掛けで誤魔化したのが 滲みだしたことです
これでは三ヶ月後にはまたも路面がひび割れ出します 原因追求しないのが正しいらしい 同じことが 車用自生地入り口でも直しても直しても三ヶ月後には窪む場所があります
この場面はちょうど谷底に当たります しかも 地質がぬかっているのか埋めても埋めてもすぐにくぼみができます 半年に一度は直しているのですが 原因は無視して埋めて アスファルトを敷くだけが目的のようです

昨日の雨は合計で5_ですので あの左右にだけ水溜りがあるのは水がめ的になったのでしょう 超湿地帯のピクニックの森では乾燥したままでした
すべからく お上のやることはこんなものですね 親方日の丸 自己の腹は傷みませんからね サクラソウ自生地も同じことが言えます

シーズン初めには何々をする するだけが目的で 支障があろうが無かろうがお構いなしです 一月の頭にはサクラソウが発芽する今日でも 野焼だけが目的であって 後は勝手にしやがれ日向の野糞 では悲しい 言訳は言うまい 毎年 サクラソウシーズン後に作業しているよは 血税の無駄使いだからね それでいて 今日も野焼の準備作業はまだでした

22時現在の気温は−1,1℃ どちらさんもお気をつけてね

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サクラソウ自生地の野焼考
10/01/12  15:53更新

草焼きとありますね 辞書や各文献をひも解いても 草焼き と言う言葉はありません 強いて言えば 草焼きバーナー と言うのがある これは自宅周辺の草むらを焼く道具である つまり 草焼きとは狭い範囲の草むらと言うことですね 文書専門官で占める文化財保護課があえて狭義の草むらをサクラソウ自生地に当てはめるのはなぜか そこには 村言葉 なるもので他との差別化を図るものだろうか 哀れと言う他ありません 四ヘクタールは自宅周辺の草むらとは違うのですからね 現在の文化財保護課がこの程度の意識しかないのですから 野焼(彼らが言う草焼き)の目的もはっきりしないでしょう なんのために焼くのかね
↑の画像は昭和四十三年二月半ばの野焼き風景です 同四十四年まで十年間ボランティアで管理していた梶山さんが竿一本で作業しているものです

この風景を 自生地の基礎を作り上げた課長まで昇進した青木儀修さんも覚えていないようでした というのは 梶山さんの野焼作業は静かに粛々としたものだからでしょう 誰も立ち会っていなかったのです そういう私も たまたま自生地に足を向けたら野焼最中でしたのでシャッターしたものでした 当時の専属研究員の磯田洋二も蕨高校の教師ですので授業をほったらかしてまで見にはきません

昭和六十年(25年前) セミプロ用ビデオカメラを買ったために野焼作業を撮影したく儀修さんに電話したところ 二月(日時忘却)にやるのでと出かけたところ 三つ揃い洋服の男らが 一応 風下から火をつけているが 類焼防止ゾーンは見えず 風も弱く 火力に勢いがつきだすと炎がぐるぐると回り出して 風上にいた儀修さんを含めて三つ揃い連中に襲いかかっていた

↑の画像を見てください 通路は除草され 焼かれるゾーンは2m程の畝状にしかけています

梶山さんが言うには 一月末から下ごしらえして一週間がかりで燃やすということでした

私が深くかかわった同四十三年と四十四年当時のサクラソウの発芽は三月半ば以降でした つまり 発芽の一ヶ月前に野焼きをしていたのです これは発芽したものや発芽に向けたサクラソウを傷めないためだと言うことでした

平成十五年以来の発芽は 二月 そして一月にと早めに推移しています 昨年の発芽は一月十四日(見たのが)でした

梶山さんに倣えば野焼は十二月でなければなりません しかし それでは乾燥しきれていないので無理だとか

ならば なにゆえの野焼きでしょうか 01/04にも書いたようにサクラソウの焼き殺しが主たる作業になりかねません 気候が変わって野焼作業に不向きになったのだから 仮払いに戻すが 得策と考えます

なぜなら その仮払い作業も平成十五年までは二月だったのが一ヶ月ずつ早まって最後は十二月にしていたからです これは早まった発芽に対応したものでしょう であれば この発想に戻って十二月に刈り払いすることが賢明でしょう

野焼は灰という肥料が得られるはずですが これには絶対的な条件が必要です というのは 自生地の一月から関東暴れん坊が連日のように暴れまくっています このためにせっかくの灰が吹き飛ばされて肥料の ひ の字もありません 08/01/19を見てください 昨年のように焼いたその日のうちに雨で沁みとおりましたが これは奇跡に近いのです

国の天然記念物に指定される以前では よしず張りの材料として十一月に刈り取っていたのです 天候と植生の生き様に合わせた管理が相当と考えます 田島ヶ原の自生サクラソウを絶やさないためにも

そのように痛感します
こうして作業予定初日にみぞれ交じりの雨となる 幸いなるかな この雨は長続きせずに済んだが 準備完了時にまた雨の気配です 本年もサクラソウ殺しの作業となるでしょう

馬鹿の一つ覚えで無く 地球温暖化を考慮した計画が望ましい

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落日軌跡の再確認
10/01/09  22:10更新

現在 太陽は南回帰線を折り返して赤道に向かっています 私の書斎に入り込んでいた太陽光は20cmも短くなっています 後日紹介します

子供の森横堤がダイヤモンド富士のポイントである以上 南回帰線から戻った十月の何日かにダイヤモンド富士が見られると考えますので その軌跡を現在確認しておこうと出かけました

三時半ごろ もしかすると荒川総合運動公園でダイヤモンド富士らしきが見られるかなと回ってみたが なんたって富士山が左端に見えるのですから 太陽がはるかに離れる虞が出て急遽子供の森に戻った 以下はすべて横堤での様子です

富士山撮影データ
ISO 80 絞り優先F8 シャッター1/2500秒
手持ち撮影 撮影機種 キャノンS5IS 太陽にも合焦するため

連休は休みます

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ダイヤモンド富士の新ポイント
10/01/08  20:33更新

の確認が主たる目的だった その前に 十二日から野焼きするとは類焼防止作業を今日から始めるだろう その様子を撮影する予定を忘れてしまった

新ポイントの前に自生地に回って作業の後をと出かけたが 作業はしていなかった ということは 十二日から一連の作業開始と言うのでしょう となると天候にもよりますが 焼くのは月半ばだろうか 判明次第に当サイトでも告知いたします

さて 子供の森横堤で十二月二十二日から二十四日にかけてダイヤモンド富士が見えたことの確認に ゼニゴケタケがあった田んぼ一帯を見て回って 横堤と左岸土手の接点に立って見ると はるか日本海側から分厚い雲の帯が延々と続いていた 結果を得られなかったが 本日15:55時点の太陽の位置から見て 半月前は間違いなく富士山の裏に太陽が回り込むことは理解できた 近くに素晴らしいポイントがあったものですね

以下は ポイント付近の様子です

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関口忠雄氏からお年玉?
10/01/07  16:16更新

早くも七草 今朝も氷点下2℃だった 今年は今日で三日目の出動 野焼について蝶の専門家の関口忠雄氏にメールしたところ 一ヶ月ぶりで十一時に自生地に行くと言うので待ち合わせた
今年に入って初めて私の先生方の一人とデートができた
早速カマキリたちを教わる そして
 青木さんはボケたボケたと言うが どうしてどうして凄いもんです
 よ 花々にも詳しいし・・・・・
突然 持ち上げ出した とんでもない話ですよ

私が花を追いかけだしたのは昭和42〜45年まで 以後は野生のキノコに 平成十三年(2001)に当サイトを立ち上げたので否応なく花と付き合うことになった 私が花を追いかけていた時代は仕事の合間を見てのことであって それほど多くはなく 当然ながら詳しくもない

それが03年のサクラソウシーズンに挨拶された きょとんとしている私に
 昨年の九月にあそこで(D区とE区の西端)お会いしていました
それが関口氏だった 以後 ほぼ毎日会っていて さすがは蝶の専門家 蝶たちの餌は草木ですから実に詳しい あらかたは関口氏から教わったものでした

07年に遠方より来られた美女連六人の内の小磯洋子さんや川越の野原博さん 千原さん 同じ町内の福島さん 足立ナンバー氏 などなどが自動的に私の先生になっていただいた 当サイトはそれによって成り立っています 買いかぶりはやめましょう
今日は通院日です 生活圏内で見るシルエット富士山または素晴らしい夕焼けに出会えたらアップします

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数学が苦手の私には理解不能
10/01/06  15:24更新

太陽が顔を出す瞬間が最も気温が低い 今朝は七時に0,5℃ 前後はプラス気温だった 日本晴れ 最高気温は9,9℃ 雲も出てきた

秩父連山が見る位置によって遠くに見えたり 近くに見える現象を今日は取り組んだ

富士山が左岸土手のポジションによって左右のどちらかに見えるのは 土手の曲がり具合によるものとは理解できるが 秩父連山はどうしても理解できない 撮影しておいたので皆さんの知恵を拝借したい
いずれも写角50_ ↓は太陽の位置
土手に対してやや右に影 土手に対して並行
富士山はどちらから見ても同じ表情

青々のサクラソウ自生地鴨川端

野焼開始日決定
中央入口左側に回覧板がつりさげられていた 内容は
 一月十二日から十九日の間に野焼きをする
というものです 雨を考慮しての〜なのでしょう 天気であれば十二日の午前九時から作業を開始すると言う
余 談
新宿三越で指輪を強奪した犯人の顔写真が公開されましたね
 asahi.com ニュース

あの顔立ちは漢民族の顔だね そして奪った足で出国している

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放鷹術の天才少年と遭遇
10/01/05  16:55更新

今日は左岸土手から見る秩父連山が下流と上流では 下流は遠くに見え 3km上流では大きく見える不思議を解明するために出かけるも 早朝の雨の基である雲が晴れず山並みは見えなかった 何とはなしに羽倉橋から自転車ロードコースに入ると 左手にあるゴルフ場の芝生が真っ黄きだった
走りさえすれば何かに出会うぐらいに軽く考えて荒川総合運動公園に向かう途中の 大久保横堤手前にワンボックスカーが後ろのドアを跳ね上げ 男性二人が何やらしている スローで通り過ぎざまに見たのは 青年の手にまだら模様の笠を乗せている 逆光でよく見えないが まだら模様が動いた くちばしが見えた 鷹だ! 脳内で叫んでいるが無視して100m先で
 待てよ 鷹匠か 生で見るのは初めてだ! 戻れ
と脳内の命令でパックして細い道路の止められる部位にとめ 30m歩いて戻り挨拶する

まさしく鷹だった 腕に載せているのは十六歳の高二の少年だった 年配者はお父さん お父さんとはひょんな話から主観と客観について意見が一致したために 後は私の独り舞台 嫌な癖だね 脳内で目的が違うぞと怒鳴られてはっと気がついて
 お父さんが息子さんに伝授?
 
いえ 有名な鷹匠がいて息子が弟子入りして
 私は息子に教わっている 息子が私の師匠です

ということであった
ここでまたも粗忽者の面目躍如だった
 詰まんない話で貴重なお時間を無駄にさせてごめんなさい
と謝って別れた 肝心な鷹の飛翔を見る気が全然湧かなかった 何のために戻り声掛けしたのか♪どこまで続く悪癖よ♪ 後で悔やんでも後の祭りだった まあ また出会うチャンスはあるだろう その時はじっくりと観覧させていただくしかないですね

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負けご褒美が史上初の元日月食
10/01/04  16:48更新

元日の asahi.com ニュースによれば――「日本史上初」となる元日の月食――と紹介していた
 http://www.asahi.com/science/update/0101/TKY201001010006.html
記事によれば――月食は満月でしか起きないため、新月からその月が始まる太陰暦では、月の初めに月食が起こることはない。明治以降も1月1日に月食が起こったことはなく、今回の部分月食は元日に起こった初めての月食だった――とのことでした

婿殿は公的資金を供給されても負け続け 娘夫婦の負けの代償が麻雀専用のビニール製財布に六千円強も私のところにたまっていた ワイフいわく
 年末にそれで肉の万せで御馳走だね
そのつもりでいたが いざとなると誰も行きたいとは言わない そこで二千円ずつ麻雀用お年玉にするかと私の提案をワイフも大賛成

ところが二十九日に婿殿の財布が底をついた そこで娘にそっと
 そういうわけで二人に早めのお年玉を上げるね
に娘はにっこり で 婿殿に雑用箱にある新ビニール財布を出させ
 早めのお年玉だよ
それがまずかったよ 三十日と大晦日に婿殿は合計七万点も勝ち続けた 大晦日に至っては娘までが勝ちだした 結果は私のビニール財布から大量に逃げ出して残は千五百円を切ってしまった

大晦日は徹底的に徹夜をする予定だったが 娘に月例侵入者が現れて元日の三時半で終わりにした 私は初日の出と茜色富士山の撮影があるので寝ずにいなければならない パソを開いて訪問者数を確認する さすがは年末ですね 来訪者は三分の一しかない 計四本のHPともにです

六時前に出かける予定 空は晴れているかと表を見た 月が西空にあった 満月のはずが左下が少し欠けて黒い そうか ニュースで早朝に部分月食があると報じていたがそれかと目を凝らすが 私の目では確認できない

先ず撮影して拡大して見ることに 800_でも小さい 拡大して間違いなく月食と知る
偶然にも史上初の元日月食と遭遇できたとは縁起がいい 真黒はわずかですが 幅広い薄墨色も広がるんですね 歴史上初の元日月食と遭遇できたとはサクラソウを咲かそう魔法が大成功するかもね

以上は元日の作文です 縁起がいいと考えたが 二十九日に婿殿が私から提供した公的資金も底をつき 空っケツになったので娘夫婦から勝ち取った資金の内 それぞれに二千円をお年玉にする予定を変更して早めのお年玉に出したところ 婿殿はどういう加減か つきにつきまくった 国士無双までやらかしてね わが家のルールでは親は六万点 払ったのは私でした

以後 婿殿はパイの流れに逆らわずに進めたものだから勝ち進んだ お年玉を返すと言い出す始末 縁起は良くなかったね 三日の日は 娘が婿殿の懐を考えたのか 月例侵入者と徹夜で疲れ果てたのか 麻雀しないと言い出した これで来月まで婿殿の麻雀用財布は用具の中で安泰だ

松の内ですから 我が家族の一員である 雄猫リキ 雌のクミ 孤児のトラの様子をご紹介しましょう
二ヶ月ほど前から 人間でいえば私の年ほどになるリキが私に甘えることを覚えてから暇さえあれば抱っこを求めてきます ↑はパソに向かっている私の膝に飛び乗っています リキとクミはカメラを恐れません
寒いのにお釜の上に乗って表を見て楽しんでいます 娘が声をかけた時の表情です
孤児のトラは未だに私になつきません それでいて たまにしか来ない娘夫婦には甘えます ↑は最愛のワイフに甘えて 両脇の下をくすぐられて万歳していたのを撮影しようとすると逃げていた トラはどうしてもカメラになじめません むりやり連れてきてくすぐるがカメラが怖くて逃げの態勢でした 家族の一員の紹介ですから これで我慢です
テレビに動物や鳥などが写るとリキとクミは飛びあがって舐めるように目線で追います その様子をフラッシュを焚いて撮影すると向きを変えてポーズを取った様子です 麻雀以外のわが家の本年も平和だと思います
 05年以来 12月に六日連続の氷点下が
 合計七日も続いた 湿度も10%台だった

 最低気温は−4,3℃ −3℃台が二日
 自生地周辺は超乾燥状態でした それを
 捨て看のような内容ではいただけないね

 昨年は乾燥していない理由で1/20に
 野焼 その十日前にサクラソウは発芽
 していた

 サクラソウあっての国指定天然記念物で
 すから 焼き殺しが続けばやがて消える
 運命ではないかと危惧しています

 こまめに臨機応変で対処しないとね
   
昨年まで二度も野焼きした業者さんは 初回では初めての経験だそうで二度目の昨年はだいぶ要領が良かった 昨年の夏場に携わった作業員が言うには次は別の業者が担当する といっていた その作業員たちが変えられるのかまたは元請けが変わるのか不明ですが 野焼作業の経験者はそうは多くないのですから やたらと変えない方が完全燃焼しやすいのですがね

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元日早朝の天体ショー
10/01/01  09:39更新

徹夜麻雀を終えて表を見やると満月の左下が少し欠けていた そう言えばニュースなどで部分月食があると報じていたのを思い出した 時間がたつにつれて月食部分は真下に回って右下辺りで終了したようでした
昨年同様 さくらそう橋で初日の出と茜色富士山の撮影に出かけた 昨年は校舎に遮られたことを思い出して急遽 子供の森横堤へ回った すでに大勢が左岸土手で待っていた

太陽の出所付近には高層建築物がない やはりすごいポイントだった お婆さんがカメラを覗いている私に声掛けてきた 12月22〜24日の三日間ダイヤモンド富士が見られたという このポイントで見られるとは凄いですね 今秋は是非とも子供の森横堤でゲットしたいね
ところで 麻雀は私の一人負けでした

皆さんはどうぞ素晴らしい一年でありますようお祈りします
本年もまた下手な文章におつきあいください

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