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サクラソウ1月(後)

 1月後半の目次 
 嘘充満の田島サクラソウ自生地  
 市議を通じて野焼阻止を試みるも 
 今日も過去ログで一時凌ぎです 
 西の微風でファイアショー終わる 
 発芽したサクラソウを焼き殺すな 
 今日は横着して過去ログを再掲 
 野焼せずが妥当今朝の雪でなお 
 田島ヶ原桜草は嘘が充満 第一章 
 1月30日の野焼は回避すべきです 
 今日は話題無し過去ログを再掲 
 野焼の目的とルールと作業方法 
  
        

田島ヶ原桜草は嘘が充満 第一章
13/01/31(木)  17:35更新

この小論文を立てる気になったのは下記のメールからです  
   
----- Original Message -----
From: ns  To: sakuraso@jcom.home.ne.jp
Sent: Wednesday, January 30, 2013 10:21 AM
Subject: NSと申します。

前略。

本日の午前中に田島ヶ原にて御話しをさせて頂きましたNSと申します。
大変失礼ながら,傍らにて御話しを聞かせて頂きまして,不躾では有りましたが,御声を掛けさせて頂きました。
本日まで,田島ヶ原のボランティアの方々の御話しを参考にしておりましたが,貴殿の御話しに共鳴し,今までの間違っていた説を子供達に話してしまった事を,非常に悔いております。

此の先,また御時間を頂き,そして御話しをさせて頂ければ,子供達に正しい知識を教えてあげられる,,その様に思いましたので,またの御教授を宜しく御願い申し上げます。

仕事が交代勤務ですので,中々PCを開く事がままなりませんので,御返信等遅れる事が多々有るかと思いますが,どうか御容赦願います。

NSさんは 自宅で鉢栽培や休みの合間を利用して各地参りをしているとのこと 知識や現実を踏まえないボランティアらの出鱈目論を聞かされたとはね 駆け足で語気強く語りはしたが それよりも証拠を添えた論文がお子さんへの啓もうに良かろうかと立ち上げました
            
平成の暴論

国立科学博物館ニュース第277号 15頁
 (平成4年4月20日発行=1992=)

加藤克己(新潟大学助教授 理学博士 1999年現在)       
上記資料は 平成十三年四月に浦和市としての最後の担当官から送られた資料の一部です 画面右側がインチキ論の出発点です

二つ星の中にある鷲谷いずみは何者で田島ヶ原のサクラソウとはいかなる関係か 旧浦和市が国の特別天然記念物指定70周年論文集(以下論文集と言う)を刊行するにあたって 蕨高校教諭の磯田洋二という委託研究員では箔がつかない理由(青木の想像)から 筑波大学の生井兵冶らに1986~1989の三年間にわたって調査を依頼していた このグループの中に鷲谷いずみ博士がいた 鷲谷は編集員でもある

平成十三年の四月に膨大な資料をいただきながら 己の下手糞な文書は見せるのに 己は本とかは見ない 理由は 嘘が闊歩しているからでした

前の年に 自生地の基礎を三十年にわたって作り上げた功労者の青木儀修さんから アカデミーらの出鱈目ぶりのぼやきを聞かされた内容を調べていたが 資料がないために息詰まっていた その時 送られた資料を思い出して封を切ったら上記資料が真っ先に目に止った
  
加藤克己氏に語った鷲谷説が学会に伝播され 正論として闊歩していた 朝日新聞社まで採用していたが私の抗議で現在は差し替えている

本当に種はできないのか 種とはどういう形をしているか 三年間の調査とノウルシ除去作業に参加しながら知らないはずはありません
             
以上がサクラソウの種です 草藪をかき分けて捜し出したものでありません 観覧路の両脇の柵の真下にあるものです

ところが 鷲谷本人の記述は 探し下手ゆえに見つからなかった     

ここで取り上げている2005年4月30日に自生地で 高学年女子小学生とそのお父さんが何かを探している

でしゃばりの私が声をかけた さいたま市の小学五年生 五年の国語にサクラソウがあって現地で勉強しに来ているとのことだった

タイトルは トラマルハナバチとサクラソウという 著者の名前は記憶していなかった

そこで さいたま市の指定書店に飛ぶとありました

光村図書 国語⑤ 上 銀河 平成17年2月5日発行
サクラソウとトラマルハナバチ 著者 鷲谷いずみ 26頁~

――数十年前までは、日本各地に野生のサクラソウの群落地があり――ところが、野原や林が牧場や畑やゴルフ場に変えられて行くにつれて、だんだんそのすがたが少なくなってきました。なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままでは、絶滅が心配されます。   

よくまあこれだけの大ウソがつけるものですね                      
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです この言いだしっぺは鷲谷いずみ しかも この時は東大教授の座におったのです 
もっと重要なのは光村図書をさかのぼること七年前に著者 鷲谷いずみの本を光村図書の後で発見する

地人書館 サクラソウの目 1998年3月22日初版 著者 鷲谷いずみ
プロローグ 11頁11行より12頁14行

――今から10年ほど前、1987年頃であっただろうか。サクラソウの研究を始めて間もない私は、埼玉県浦和市の田島ヶ原を研究フィールドにしていた――

光村図書の七年前に地人書館で1987年頃であっただろうか。サクラソウの研究を始めて間もない私は、埼玉県浦和市の田島ヶ原を研究フィールドにしていたとプロローグに書いている          
     

本人は加藤克己氏に語ったのが反論されずに正論として定着したことから嘘の上塗り名人に進化したと言える

そして インチキと現実が振り分けられなかったゆえに――なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままでは、絶滅が心配されます――

  
光村図書で伝聞にしたのは地人書館以後に私が各出版社に問い合わせや抗議をしているのは耳に入っただろう

自分から光村図書に売り込んだのか 或いは持ちかけられたのか どっちにしても私の存在が大きすぎて邪魔だから インチキに富んだ鷲谷は伝聞と言う小賢しい手を使ったのだ

確かな筋からの情報によれば 私は言った覚えはない 先方(加藤克己氏)が私の名前を使ったのだ と言ってるそうです 加藤克己氏はどう取るかね

その所為なのか このインチキ女をさいたま市教育委員会は未だに
保存管理計画策定委員に据えている
そして 保護課は加藤克己氏が勝手に鷲谷の名を使ったという言い分を信用したのでしょう 地人書館のサクラソウの目 の――自生地は、国の特別天然記念物に指定されており――立ち入りを禁じられた保護区の柵の中で咲く。――花の時期に調査していると、柵の中におばあさんが正座してじっとサクラソウを眺めてる。――有得ない出鱈目をプロローグに記している内容も正当化させたのか 私の指摘に現担当官らは一様に鷲谷さんは北海道が研究フィルドで ここの話ではないと言い張っていた

教育というポジションにいる連中は 学識経験者であれば内容が出鱈目でも奉るようだ 三年にわたる論文集の調査員と論文集の編集員がこれだけのインチキ論を2005年から 無学の私に指摘されても鷲谷を擁護するようだ
  
なお 六人の保存管理計画策定委員のうちの三人は知っている
インチキの名手鷲谷いずみ東大教授
糞も味噌も見分けられない磯田洋二
平成十四年では机上空論の佐々木寧
他の三人は知らないが似たり寄ったりだろうと思う

天然記念物を語るには挙証責任を伴わないのは全て信用はできません
 
2013年01月31日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 1.7 0.0 北北東 2.1
2 1.7 0.0 北東 2.3
3 1.6 0.0 北東 2.5
4 0.6 0.0 北東 1.9 0.0
5 0.3 0.0 北東 1.7 0.0
6 -0.8 0.0 1.3 0.0
7 -2.0 0.0 北北西 1.3 0.1
8 -0.8 0.0 北北西 1.0 0.4
9 1.5 0.0 西北西 1.7 1.0
10 4.0 0.0 北北西 1.1 1.0
11 5.2 0.0 西北西 1.6 1.0
12 6.7 0.0 北西 1.7 1.0
13 7.0 0.0 北北西 1.2 1.0
14 8.1 0.0 東北東 1.1 1.0
15 8.5 0.0 南西 1.0 1.0
16 8.8 0.0 南南西 1.8 1.0
17 7.9 0.0 南南東 0.6 0.8
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -2.6 06:26
最高気温(℃) 9.3 15:12
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
4.7(北東) 02:05
※17時現在
御殿場ライブカメラより
三ッ峠ライブカメラより
忍野富士ライブカメラより
善光寺ライブカメラより
野焼の契約は焼くだけの契約であったそうです ところが再開初回では40cm前後の焼けぼっ杭が残って 業者さんがたまりかねてサービスで刈った 勘違いした保護課は以後も整理が付随する契約と錯覚した

昨年の野焼で社長からそれを聞いて 野尻元課長補佐さんに話すと
 本来はどこまでが契約かをはっきりさせるべきだったんですね
ところが 野尻さんが三月をもって移動してしまった

この作業は 業者さんの善意に頼ってはだめですね 国の特別天然記念物の開花準備作業は決して予算云々するべきではないと肝に銘じられよ

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西の微風でファイアショー終わる
13/01/30(水)  17:19更新

2013年01月30日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 3.4 0.0 北北西 1.2
2 1.0 0.0 北西 1.2
3 1.0 0.0 西北西 2.2
4 -0.3 0.0 西北西 1.5 0.0
5 -0.8 0.0 北西 2.4 0.0
6 2.5 0.0 北西 3.9 0.0
7 1.5 0.0 北西 1.9 0.0
8 2.6 0.0 北西 1.8 0.9
9 5.9 0.0 西北西 1.2 1.0
10 8.8 0.0 北北西 1.6 1.0
11 11.2 0.0 北北西 3.4 1.0
12 11.9 0.0 北北西 5.4 1.0
13 12.0 0.0 北北西 6.1 1.0
14 12.1 0.0 北北西 7.2 1.0
15 11.7 0.0 北北西 5.6 1.0
16 10.4 0.0 北北西 5.6 1.0
17 8.7 0.0 北西 5.0 0.9
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -0.9 05:03
最高気温(℃) 12.6 13:23
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
12.9(北北西) 14:29
※17時現在
ぐずぐずしていたが自生地では一番乗りだった 湿度が低いにしては富士山は霞んでいる 位置が判るようにグーグルの衛星写真を添えました
ヒロハノアマナもどきが大丈夫かと探していると顔見知りが 例のシロバナホトケノザの蕾があると教えられ ご一緒した 昨年の十一月の氷点下で消えてから覗きにはいかなかった 昨日までの日中気温が上がったからそろそろとは思っていたが 楽しい収穫でした
どこかのテレビカメラが旧志木街道跡に座り込んだ私を撮っていたが 解説に力んでいたために聞きそびれた

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野焼の目的とルールと作業方法
13/01/29(火)  18:25更新

野焼の目的を 植生の生育を良くする 殺菌と害虫退治 もう少しましな表現もあるようですが 目のあたりにじっくりと観賞及びその後の実状を検証できたのは ダイオキシン問題から平成十年に野焼禁止から十年後の再開によってであった

結論は 掲げられた各理由はいずれも眉唾ものでした 本当の意義は暇手間がかからないのと経費が安くできるのが本当の目的だと知った

野焼再開初年度の夕方から関東暴れん坊によって吹き飛ばされ 翌日では地面がテカテカであった つまり灰のハの字もないのである

これでは肥料になれるはずはありません たまたまと言うなかれ 野焼を必要とする時期は関東暴れん坊(空っ風)がほぼ四月いっぱいまで吹きまくっているものです

雨でも降ればしみとおると思われがちですが これも思惑だけに存在し 現実では本物の灰では破水性が強くはじき飛ばされる かろうじて染みた場合も表面だけで止り(空っ風で乾燥)その下の灰は手つかずの灰が残っています

殺菌や殺虫にしても怪しいものです 信州は白樺湖の目の前にある車山周辺でも山焼きをしています 夏のニッコウキスゲには油虫がびっしりです

ということで 焼く行為は簡単にして経費がかからないためです

では 焼く頃合いは何時だろうか その地の植生たちの芽生えの一ヶ月前が常識です

我がさいたま市田島ヶ原サクラソウ自生地では この常識に倣えば十二月の頭が正当です

理由は 地球温暖化によって 平成十三年(この年までの自生地の様子は平成十三年しか知りません)サクラソウの発芽は三月九日でした 多分 
その前も同様だったと思う

これは 私が関わっていたS43~46年ころと同じでした 地球温暖化と騒がれていたが 現物?を見たのは平成十四年からでした

サクラソウの発芽は二月十日 同十五年も二月十日 一ヶ月早まりました ところがです 同十六年では一月十日に発芽です この一月十日の発芽は現在も続いています 地球温暖化以前よりは二ヶ月も早くなったのでした 地球温暖化の現場です

この二ヶ月早まったサクラソウを無視して野焼再開時期を一月の三週目に挙行している 何故だと尋ねれば十二月では乾燥が十分ではないからと答えていた それでサクラソウ殺しを平然としているのだ

この行為を正当化せんがために火力は地中に影響しないと実験で判明 というのだが その証拠は今もって見せてもらえない 証明がない話は嘘八百は歴然です

心底からサクラソウ保護を心がけるのであれば十二月頭に焼くのが正しい
画像はS43年2月の頭の野焼の作業風景です 作業員は十年も一人でボランティアの梶山さんです ご健在でしたら百歳を越えているはずです

焼かれるヨシとオギは腰の高さにしかありません これは七草過ぎから回転刈り払い機でカットして乾燥させ ひと月後に焼いたものです

風下から焼いて むかで一本で炎を風上に拾い上げて焼いています

梶山式がお勧めです これだけこなせる人はおらんだろうし 業者では引き受けがたいでしょう 採算が合わない

ではどのようにすれば良いか

江戸時代に戻って十一月に梶山式で草丈の半分から回転刈り払い機で払う 一ヶ月寝かせれば乾燥する 十二月の頭に現在の方式で焼く

これであれば ABCD各ブロックの延焼防止ゾーン以外の アマナやサクラソウの発芽が遅れ 侘びしくならずに済みます

予算がないというのであれば天然記念物指定を取っ払えは良い

保護課は何とか言えば学識経験者というが その連中こそ出鱈目をのたまうのだから正確さを期するのであれば 主観なしで観察している者たちの意見を取り入れるべきです

最近の磯田洋二は報告書を出していると昨日の女官は言っていたが 自生地で磯田の姿をほとんど見ていないのに 報告書とは架空の実態であろう 保護課も サクラソウが五センチになってから刈り払い残骸を清掃させる馬鹿を一日も早く見捨てるべきです
         
2013年01月29日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 0.9 0.0 北北西 1.5
2 0.1 0.0 北西 1.5
3 0.0 0.0 北西 2.6
4 1.4 0.0 北北西 2.8 0.0
5 1.5 0.0 北北西 4.1 0.0
6 0.4 0.0 西北西 2.2 0.0
7 -0.6 0.0 南南西 0.7 0.1
8 1.4 0.0 西北西 1.8 1.0
9 3.4 0.0 西北西 1.8 1.0
10 7.6 0.0 北西 4.2 1.0
11 9.2 0.0 北西 4.4 1.0
12 10.3 0.0 北北西 5.1 1.0
13 10.1 0.0 北北西 4.9 1.0
14 10.7 0.0 北西 5.0 1.0
15 10.5 0.0 北北西 4.2 1.0
16 9.8 0.0 北北西 3.7 1.0
17 7.8 0.0 北西 2.5 0.8
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -1.1 07:28
最高気温(℃) 11.2 12:38
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
11.3(北西) 12:22
※18時現在
 
日中気温が十℃を越え出した 期待に胸を弾ませるが 植生の生態を無視する保護管理では むなしさが弾むだけだ

明日の野焼は実行されるでしょう 何か様子が変ですが明日になればわかるでしょう

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野焼せずが妥当今朝の雪でなお
13/01/28(月)  14:55更新

積雪は僅かの1cmですが明日までに乾く訳はない 保護課には植生に通じた職員はいないために狂った磯田洋二の言いなりだ それがサクラソウにどんな弊害になったかを下記に記しておきます
 
写真は1988/02/03の野焼き風景です 出典は
 天然記念物指定70周年記念論文集(以下論文集と言う)
1990年旧浦和市教育委員会刊からです

満25年前サクラソウの発芽は三月十日頃でしたので野焼は一ヶ月前に焼くのが決まりでした これは全国各地の野焼きや山焼きの常識です

それが地球温暖化で植生たちは二ヶ月も早い一月の頭で発芽するようになりました 保守的なサクラソウも抵抗しながらも一月十日前後に発芽します

その現実を無視して発芽の月に焼くのはサクラソウ殺しです 磯田洋二による一斗缶による燃焼実験では地下に影響はないと宣言し 何も知らない保護課は召使が如くに従った 現実は凄まじいもので再掲載カットを見てください    
    
2010年1月21日の野焼再開第二回目        
このように磯田洋二は完全に狂ったのです 06/03/30の馬鹿げた行為を再掲載します
 
平成十一年から刈り払い作業について 三十年ぶりに自生地に戻った瞬間からヨシとオギの残骸を肥料にと8cm強も残させていた

私に指摘された磯田は翌年からできるだけ取れと指示が出て 調子良かったために03年では綺麗に取れとなって 歴史上最高の出来だった

ところが 04年は大干ばつと高気温が祟って強靭なノウルシまでが立ち枯れ サクラソウも史上最低の出来と相成った

できが悪いのは霜害によるものだと磯田洋二はまたも残骸を残させるようになった 私の要請で担当業者さんがB区のみきれいにしたために A区とB区のできの違いが歴然とし 05年と06年の二年間にわたって当サイトで証拠画像を通じて叩いたために 三歳児でもしない馬鹿な行為をやらかした その一部始終です
      

馬鹿な作業をやらかして
06/03/30

平成13年から毎年のように刈り払い残骸残しがサクラソウに有害であると云い続けてきました 本年は 霜害予防の名目で4センチ前後の残骸残しをしているとしつこいほどに書いてきました それがどうでしょう 本日 なんと残骸を掻き出しているではないか サクラソウが5cm前後に育ってから掻き出すのではサクラソウ殺しに等しい こんな馬鹿な作業を命じたのはどこの誰か 血税を払っている一市民としては放って置くわけにはいかない

普段は何とか言えば 天然記念物指定地だから手出しできないと嘯きながらサクラソウ殺しを平然とやってのける神経を糾弾する さて 皆さん 馬鹿な現場を見てください
         
↑は昨日の様子 サクラソウは4~5cmに育っている これを↓のように掻き出している        
書きながら腹がたって保護課に電話をした 顔見知りの木島担当官が不在ゆえに 係長もしくは課長を出せと要求 応対に出たのは25年前に保護課にいて保護作業に汗をかいた方という(野尻元課長補佐) 私とはすれ違いでお会いしていないらしい 思わずどやしたら作業そのものを知らなかったという 誰が考えてもおかしいという意見だった 思わず安堵 ↓は掻き終った様子        
天皇にでもなったと錯覚したのだろう この事件に対しても保護課は何もできなかったようだった 当時の磯田は年間予算を強引に決めさせ 保護課には何も報告せずに好き勝ってにしていたという

そのために担当者は懇願して部署替えして逃げたのであった それゆえ 他部署にいた野尻さんが呼びこまれた

さいたま市教育委員会文化財保護課は 今も続く磯田洋二の愚行を承知し されるままにしないことが さいたま市の名誉保護につながります

三十日の野焼は中止することが賢明 磯田洋二の意のままは犯罪です

私がガタガタ言うのは それだけの知識と判断力があるのと
論文集「例言」4 には論文集刊行に尽力した十四人の中に
青木実とあるのは ある程度かかわっていたからです
 
野焼について避けられないなら作業日時及び方法を明日取り上げます
  
2013年01月28日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 1.7 0.0 2.0
2 2.3 0.0 北北西 4.4
3 1.8 0.0 北西 3.5
4 1.5 0.0 北北西 3.3 0.0
5 1.0 0.0 北西 3.4 0.0
6 -0.2 0.0 北西 3.3 0.0
7 0.2 0.5 北北東 2.4 0.0
8 0.2 0.0 北北西 1.1 0.2
9 1.9 0.0 2.2 1.0
10 4.1 0.0 2.3 0.8
11 6.7 0.0 北北西 6.0 1.0
12 7.6 0.0 北西 6.7 1.0
13 8.6 0.0 北西 5.6 1.0
14 9.6 0.0 北西 5.8 1.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -0.3 06:33
最高気温(℃) 9.6 14:00
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
12.4(北西) 11:07
※14時現在
自生地に入ると見慣れた中型トラックが前にいた 駐車場で確認のために覗いたら挨拶された 先の延焼ゾーンの作業員だった

水曜日に焼きますかと尋ねると この調子では無理ですね ということは又も延期になる 益々サクラソウ殺しが確実だ

そこへ一団が現れた 現在の担当女官と係長 磯田洋二 赤い上着の人物(性別不明)

女官は一直線に私の所へ 話している時に磯田が目の前に そこで
 野焼をやめたらどうか
 
俺は知らん
 嘘つけ 君が指揮してるんでしょう
ヤバいと思ったのか磯田は足早に係長らと十字路に消えた

女官が離れずにいるので持論を展開した
 野焼と言うのは発芽の一ヶ月前に焼くのが常識だよ
係長も戻って論議に参加 

結論は やはり官僚式だった 
学識経験者で無ければ話にならん
学識経験者の話しとか記録とかがある
その他いろいろと弁解に努めるが 正しいのか正しくないのかの裏打ちはしているかを問うと 両人とも返事できず またも方向を変え弁解に必死となる

約一時間半も両人はめげずに付き合ってくれた結果になった 薄着のように見えた女官が
 青木さん寒くない? 風邪をひいたら大変です
と言い出した

ヒートテックを知ってから薄い綿入作務衣一枚でも過ごせるようになった それ以前は 綿入れの重ね着にしていた

女官の私に対する姿勢の変化で戦意喪失しちまった それだけではない 引き上げるとき両人が車に乗り込んでいた すでに二人の姿があった 磯田と赤い上着でしょう

私が目の前にきた瞬間 運転席に乗り込んでいた係長がわざわざ車外に出て礼をするではないか

ユーチュープやフェイスブックその他の有力なネットサイトを総動員して戦争を仕掛ける決意が喪失してしまった

野焼の後の生育状態の良し悪しを 丁寧に両人に嫌がっても押しつけて啓蒙とするか
約一時間半も両人は付き合ってくれたんだ 関東暴れん坊の出現であの雪が跡かたもない

サクラソウよ 熱くて辛いでしょうが がんばってね

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今日も過去ログで一時凌ぎです
13/01/26(土)  17:30更新

閑話 薄識の披れき
07/02/18

覆水盆に返らず とういう言葉がありますね ネットで調べると漢話であることがわかります しかし 語源については諸説あって その中にあって前漢時代の朱買臣伝が語源というのが目に付きました そうです 語源は朱買臣だったのです

今から60年前 台湾(も漢族です)出身の耳鼻咽喉科医から詳しく話を聞いていました 覆水盆に返らずの原語は『腹水難収』だったのです この四文字が何でできたかについて書きます

科挙(任官試験)の勉学に励む朱買臣という男がおった 何度受けても不合格の連続であった 勉学に励むとは働かずと同義語ですから極貧にあった 当時の中国社会(国民党統治下まで)99%の国民は一握りの支配者らの農奴(農業奴隷)であった このことはアメリカ人のパールバック女史の『大地』に詳しい

勉学に励むぐらいですから朱買臣は農奴にすらなれない 生活を支えたのは奥さんであった それも農奴の下働きに過ぎないから生活とは無縁の状態が続いていた

ここで奥さんは朱買臣を見捨てて離婚してしまった

朱買臣にまつわる話から この国では三つの格言が存在します
故郷に錦を飾る
覆水盆に返らず
糟糠の妻
などです

不思議なもので妻に逃げられてから間もなく見事科挙に合格します そうなりますと官吏として出身地に赴任します 家来も33人つけられます 迎える出身地では町内の清掃と補強工事が施されて 特にメンストリートは石畳を敷いてぴかぴかです

科挙合格者には皇帝から錦の服が与えられます この錦の服を着て出身地に赴任するわけです 故郷に錦を飾るとはこのことを言います

朱買臣一行が城門に入ると村内の人々が通りの両側を埋め尽くして出迎えます この中にかつての奥さんもおりました かつての夫かまたは同姓同名なのかを確認に 間違いなく元夫でした

その夜 元妻は朱買臣の宿舎を訪れて復縁を懇願します 朱買臣は元妻の話を一部始終聞いてからおもむろに
土瓶に水を入れて茶碗を持ってきなさい
元妻はいそいそといわれたとおり 目の前に差し出します
茶碗に水をいっぱい注いでください
元妻は言われたとおりにします
その水を捨ててください
元妻は怪訝そうになりますが 復縁できるのですから言われたとおりにしました
今捨てた水を茶碗に戻してください
元妻は困りました 捨てた水は跡形もないからです
その様子を見ていた朱買臣は
われわれはかつて夫婦であった あなたは私の妻であった 元の鞘に納まるのは当然です ですが あなたは今のご亭主をどうなさりますか? 捨てた水が戻せないように元通りにはならないのです それよりは今のご主人に生涯尽くしなさいと諭して帰しました 元妻はその足で首吊り自殺をします

翌日その事実を知らされた朱買臣は嘆き悲しみ 元妻を丁重に葬りました その墓標に詩を一句刻みました
 
  腹 水 難 収
 
青 草 池 邊 土 一 魂
 
千 年 埋 骨 不 埋 恥
 
丁 寧 属 向 人 間 婦
 
自 古 糟 糠 合 倒 頭
 
タイトル・覆水盆に返らず(和訳)
一行目・景色とは 草・水・木立のある丘があって成り立つ
二行目・骨は千年埋もれても恥は埋もれない
三行目・世の婦人たちに申し上げます
四行目・いにしえより糠(ぬか)と米は対(つい)である

この詩の四行目が『糟糠の妻』となる思想が当時の上流社会の婦人たちの目を覚ませ『女尊男卑』(ニュースなどで台湾の議会内で女性議員のつかみ合いを見るように漢族女性はきつい性格)思想が改宗され封建社会が進んで女人たちが虐げられるようになったそうです

旧制中学四年で中退して海軍特殊航空兵に志願し出撃しないまま終戦を迎え 復学もせず 無学のままぼんやりとしている最中に知り合った台湾出身の耳鼻咽喉科医の話しが脳裏から離れず 四行詩も写真アルバムの内表紙に下手な字で残っている


2013年01月26日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 -1.8 0.0 南西 0.8
2 -1.4 0.0 静穏 0.2
3 -1.7 0.0 東南東 0.7
4 -3.6 0.0 静穏 0.0 0.0
5 -3.5 0.0 北北東 1.2 0.0
6 -4.3 0.0 北北西 0.3 0.0
7 -4.0 0.0 北西 1.1 0.1
8 -2.6 0.0 北西 1.3 1.0
9 0.1 0.0 西北西 1.7 1.0
10 3.2 0.0 西 1.6 1.0
11 4.9 0.0 西 2.0 1.0
12 5.5 0.0 3.0 0.9
13 6.0 0.0 北北西 3.9 0.7
14 5.4 0.0 2.6 0.8
15 5.6 0.0 北北西 4.4 0.8
16 4.2 0.0 北北西 5.0 0.2
17 3.2 0.0 北北西 3.1 0.5
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -4.8 06:56
最高気温(℃) 6.4 14:22
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
9.4(北) 16:02
※17時現在
自生地に変化はなかった 何かをする気配もない 白いボディのカメラを立ち姿勢で撮影している青年?壮年?がいた 通りすがりに 頑張ってますね と挨拶した

ここで持病であるでしゃばりが出て戻って声をかけた 三十日に焼いたらサクラソウを傷める話を延々としてしまった 地元のS44年生まれ 理知的な顔立ち 無理して意見を合わせているのではなく 磯田洋二を含めた話を理解していただいた 貴重な時間を奪ってしまった        
集団で一定の場所で何かを啄ばみます 五分前後でボスらしきが飛び上がると一斉に舞いあがります 一分前後の群舞で別の場所に舞い降りると またも一斉についばみ出します これを繰り返しているようです 最後まで付き合っていないので…

明日の日曜日は休みます

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今日は話題無し過去ログを再掲
13/01/25(金)  18:31更新

昭和五年に東大のある教授がこんな分厚い本に膝までもぐる話しの過去ログを見つけたので 再掲載します 磯田洋二の馬鹿さ加減を御吟味ください

委託研究員との一問一答
05/07/01


今年もコバギボウシを見せるべく奥行き4m横幅8mが切り開かれていた。

そこへ男性作業員からタネ採取日と教えられた。彼はグループの中では新顔で、私が日参するようになった平成13年当時の彼は研究熱心で私の姿を見ると必ずよってきて写真集片手に知識を開陳していた。

どこで採取しているか、その現場を見たいから教えてくれというと躊躇していた。緘口令(かんこうれい)が敷かれているのにうっかりしゃべったからであろう。残りの熟女作業員を探しに出た。顔なじみの二人と東側の通路で出会う。タネ採取の現場を見たい、だめですよ、一般の方は入れません、わしなら誰も文句は言わないよ、あなたでもだめです。腰にぶら下げたスーパーのビニール袋の中が見えて、その種を見せて、二人は躊躇していた。わしはタネの成長をずっと記録撮影しているんだから問題はないでしょう?

そのうちの一人が何かを見つけてしゃがみ込んだ。茎の長さは40cm、花の大きさは10ミリほどのマムシグサだった。携帯電話のカメラで撮影しだす。アングルを教え、その勢いで種を見せてくれた。花穂ごと茎から切り取っていた。成長しきってないものが主であった。こういうのは取らんほうがいいよ、これは未熟児だよ、ほら、取るならこのように果実として成長したものでないと意味がなさそうね。

彼女らと別れて撮影の準備に取り掛かったところへ委託研究員の姿が見えた。いつもは彼の領域に踏み込んだ質問などしようものなら吐き捨てるようにされるだけであった。が、取っ組み合いになってもいいからとぶつけてみた。

Q 先生、ご苦労様です。提案がありますので怒らずに聞いてくれますか。

A はい、なんでしょう。

Q この一角、というより通路の両側から高枝切り鋏みの距離までのノウルシが10センチになった時点で切り落としませんか、切られたノウルシは再生しますが、サクラソウを隠すほどに成長しませんから、この一帯にある日の目を見ないサクラソウが息を吹き返します。

A それはむずかしいんですよ。

Q どうして? ギボウシを見せるために切り開いているし、南側では、毎年のように奥行き3m、ブロックいっぱいに切り開くことができるのですから、問題はないと思いますが、
  
  
  
  
A それがそういかないんです。

Q ここはサクラソウを天然記念物としている、それを目当てに全国から大勢の方が見えられる、ところがノウルシに隠れていては無駄足を踏ませている、我が家へ客が来ているのにもてなしもしないで追い返すようなものでしょう? 歓待することが礼儀ではないかと思う。

A いや、違うんだよ。まず、市には予算があって、ぎりぎりでやっているから新規には認められない。

Q それなら簡単です、ボランティアで間に合います。

A ボランティアといっても多少とも日当を払うし新たに予算は組めないのですよ

Q 無報酬ボランティアならいくらでも集まりますよ。

A そうなると勝手なことを始められても困る。

Q 目的は10センチに伸びたノウルシのカットですよ、範囲は通路の両側の奥行き3mと限定しているから勝手なことにはならないが。

A だめなんです、人々が来るようになってからの作業はできないのです。

Q じゃー予算ではなくて作業してはならないのであれば、毎年の最盛期にビニールロープを張って作業員がのっしのっしとしている作業はかまないわけ?

A ・・・・・・・

(ここで本当は、君が先取特権を奪われる惧れから四の五といっているんだろうと言いたいのを我慢した)

Q ねえ、考えて見ませんか、現実問題としてこのように切り開いているのですから造作はないと思うんですがね。


A これを切り開いたのはね、ここにはおよそ250種類の植物があって、そのうちの50種類は外来種なんです。ごらんのようにもともとはヨシヶ原だったのが、田んぼや畑に開墾されて野生種が消えた。今ではもとのヨシヶ原に戻ったが、切り開くことによって地中に残っていたタネが息を吹き返してスミレ類がたくさん現れている。

(よくまあ、こういう嘘が次々と出せるものですね、大正4,5年代に撮影された写真では所有者がしっかりガードしていて田んぼの姿は見えないのだ。記念物として指定された大正九年以降は保護がいきわたって変容していないのである。大宮市にあった錦の原のように戦後の食糧難で開墾したことを田島に置き換えたかのようだ、詭弁の何ものでない)

Q たしかにそうですね、と同時にノウルシをカットすることでも同じことが言えるのではないか。ここはサクラソウを天然記念物としているんですから

A 違うんですよ。サクラソウよりも、その、なんというか、国が・・

Q 文化庁?

A いいえ、今の文部科学省だったか、野生種の調査育成を命じられているんです

(嘘つけ!といいたかったのを我慢した 理由は別にあった)

A このようにここは表面上は乾燥してひび割れているが中は湿っているんですよ、これもヨシの繁茂のおかげです。(翌年のH18年のさくらそう通信21号3ページでは
) 

そのために自生地は乾燥するようになったと矛盾だらけです

Q そうですね、ここの乾燥状態は大正九年に天然記念物指定に供した三好学博士の報告書にも平時は乾固し地面はひび割れているとありましたね、およそ90年前と同じですね。

A 何の書物を見たのか知らないが・・

Q あれ?浦和市が発行した天然記念物指定70周年記念論文集にあるじゃありませんか、先生が編集を担当したんでしょう?

(こういうれっきとした話にもなんとか摩り替えようという姿勢がありあり)

A あのね、昭和5年に東大のなんとか言う教授が自生地を詳しく調査した書物があるんでね、こんな分厚いものだった、今じゃ、古本屋でも見つかるかどうかだが、膝まで入るほどここは湿地帯だったのだよ。

Q 湿地帯といえば羽倉橋下のピクニックの森がその面影を残しているね、あそこは粘土質だから水が逃げずに滞留していて7面の帯水池があります。それでいて膝まで入る場所はどこにもありません。第一、学者の言うことは信用できん、鷲谷いずみ東大教授にしても、田島には環境破壊で送粉昆虫がいなくなり、タネが出来ないからやがて絶滅すると公表している、ところが、どっこい、タネは売るほど出来ている、今日だって先生方はタネの採取作業をしているではないか、そんなもので信用する? 先生も記念論文集で反論していたでしょうに。

A 私は反論?あの方は北海道の研究でして・・・

(都合が悪くなるととぼけるのだ)

Q 鷲谷の研究フィルドの第一歩はここですよ、それを加藤克己氏に語り、加藤氏は国立科学博物館ニュースにそれを発表している。

A トラマルハナバチはここにはいないんですね、その代わり蝶類が結構やってきている。

Q 去年の高気温で4月の頭で茶色の小さな蝶が吸蜜しているのを私も見ましたよ。

A キタテハかな? 午前は来ないが午後から3時過ぎまで蝶類が来ています。

Q それでもたいした数ではないのでしょう?ここでの受粉はシーズン中に吹き荒れる北西の風による風倍受粉が主と思うね。

以下延々と会話は続きますが、逃げ口上に終始しているので紹介する価値もないのでこれで止めます。

次の機会では話の矛盾を正していくつもりでおります。


明らかに辻褄の合わない話を堂々とする 植生に弱い保護課の連中は頼り切って糞と味噌も見分けられないから部外者の意見を干渉として受け付けない 学識経験者で無いとだめな世界だ 学識経験者て何なのかと思ったら 学校の先生をしたものらしい そういう連中が一番怪しいのだが 官僚は中身がどうあろうと体裁が整っていればよい それで飯が食えるのだから気楽なもんだ
 

2013年01月25日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 0.7 0.0 南南西 0.7
2 0.8 0.0 西 1.1
3 0.0 0.0 北西 0.3
4 0.0 0.0 南南西 0.8 0.0
5 -0.4 0.0 北北東 1.0 0.0
6 -1.2 0.0 北北西 1.2 0.0
7 -2.0 0.0 西南西 1.7 0.0
8 -0.3 0.0 西南西 0.7 0.8
9 1.9 0.0 北西 2.0 1.0
10 4.6 0.0 北西 2.3 1.0
11 7.4 0.0 北北西 3.1 1.0
12 9.8 0.0 北北西 5.0 1.0
13 9.2 0.0 北北西 6.3 1.0
14 9.5 0.0 北北西 6.5 1.0
15 8.6 0.0 北北西 7.7 1.0
16 7.6 0.0 北北西 6.9 1.0
17 6.0 0.0 北北西 6.5 0.9
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -2.3 06:57
最高気温(℃) 10.4 12:13
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
14.1(北北西) 15:17
※17時現在
 
自生地へ立ち寄ったが変化はなかった 自然観察会指導員の千原肇さんが一周し終わったところだった

土木出身の千原さんは この時期の延焼防止ゾーンとして刈り払われた部位と刈り払われて無い部位とどちらが暖かいと思いますか? という私の問いかけに
 手つけて無い部位の方が暖かいよ この調子で焼いたら焦げ付くね
という意見でした

私は毎度焼き殺しと表現していたが なるほど 焦げ付くは正解ですね サクラソウは強い生命力をもっているから 焦げ付いて 遅れても生を全うするのですが その速度は遅々としていますから丈の高い植生たちに遮られる 凍傷にかかって消えかけるが最終的には立ち直っていた

ですが 全姿が見えないのでは意味がありません

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今日は横着して過去ログを再掲
13/01/24(木)  16:55更新

2013年01月24日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 3.2 0.0 北北東 1.6
2 2.4 0.0 2.4
3 2.1 0.0 1.9
4 2.1 0.0 北北東 1.7 0.0
5 2.2 0.0 1.9 0.0
6 2.3 0.0 北北西 1.1 0.0
7 2.2 0.0 北北東 2.1 0.0
8 2.7 0.0 北西 0.8 0.0
9 2.9 0.0 北西 1.0 0.0
10 4.5 0.0 北北西 1.3 0.4
11 5.7 0.0 北西 0.9 0.0
12 7.2 0.0 北北東 0.7 0.6
13 8.7 0.0 南南西 1.2 1.0
14 9.2 0.0 南南東 3.2 1.0
15 9.5 0.0 南東 3.0 0.9
16 9.0 0.0 南南東 2.4 0.8
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 2.0 04:31
最高気温(℃) 9.7 13:35
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
7.7(南東) 15:26
※16時現在
善光寺ライブカメラより
 
プラス気温が二日も続いた 最高気温も9,7℃ 自生地の植生たちの今シーズンのスタートラインが設定されたも同じです

その私が 今日はさぼりが先行してしまった 自叙伝的に過去ログを偶然に見つけたので再録することでお茶を濁させていただきました

恐ろしい思いをさせちゃった
09/01/09  20:43更新

昨日は泌尿器科の新年度初回の定診日 大勢の患者で待ち時間が長いだろうと 各フィルド回りのデータをパソコン持ち込みで対処するようにした 病院に着いたのが15時 8種類の薬を朝昼夕に分け 薬局がそれぞれを28日分袋詰めしてくれる 処方箋をもらってからですと作業時間がかかって他の患者さんに迷惑なので 診察受け付け前に薬局へ 今日入ります ラストでと申告しています そうしておけば先月のカルテで間に合いますので空いた時間に袋詰めでき 私を含めて誰にも迷惑がかからない

かわいい笑顔の正社員の薬剤師嬢が毎度のように かわいい笑顔で挨拶してくれた 他の患者さんが6人ほどいた 悪ふざけをしないでいつものようにかわいい笑顔の薬剤師嬢に

今日入ります ラストで

この瞬間からかわいい笑顔が消え 硬直して

はい わかりました

表に出てから まじめな顔だと陰険を通り越した眼光鋭くなる恐ろしい顔の低音で言われて恐れをなしたか 可哀そうなことをしたなと あとで謝ればいいかと車の中でパソをいじり出した なんと20分でバッテリー切れだ

小学3年の時の女性担任に

お前の眼は 泥棒目つきだ

と言わしめた目ゆえにタクシー強盗とも出会えなかったのである

この子の後日譚
三ヶ月後に姿が消えた そんなに恐ろしい思いをさせたのかと悔やんだ ところが一年後にその子が戻っていた お産休みだったとのこと 現在では向こうから笑顔で挨拶やら話しかけてくれます

この目のおかげで若い子には好かれることはなかった 好かれないならまだしも 悲惨な目にあったものでした

東京オリンピックの前の年に ある駅前にある料理学院の女先生の退勤後の素行調査で張り込んでいた時のこと

学院は駅から70mにあって3階建て 学院を挟んだブロックを1時間前からうろうろしていて 何度目かで玄関前に立った時に学院内から出てくる10代の女子学生と目線があってしまった 彼女 一尺も飛び上がったね 悪いのでその場を立ち去った 一周りして駅前に着くと5、6人のお巡りさんが何かを探しているのか 右往左往していた 即 ははん あの学生が騒ぎたてたなあ で 隊長らしきお巡りさんに

あなた方が探しているのは 多分 私のことだと思います

で 一部始終を話すと 隊長さん きっとなって

ずいぶん失礼な話だね よくわかりました

と敬礼してくれ

おい皆 解決解決 引き上げだ

再度敬礼してくれて交番に消えた

でも 奇跡もあった

これにさかのぼること二年前の昭和36年のある日 神田は小川町に同29年から住んでいて 交差点の近くに有名なレストランがあって 一日も欠かさずハンバーグライスを食べていた 他ではハンバーグライス70円のところ ここでは180円もしていた 突き当りの一人用9番テーブルを定席にしていて開け番時は閉店までテレビ観戦などしていた 夜の常連客は知っていて9番テーブルには着こうとしません

ある夜 レストランは二男坊が担当し 結婚式場が長男 その二男坊の奥さんが入り口のドアで帰りかける私の手を握った 以来毎晩の日課になっていた もちろん それ以上の行為にならなかった 当時の私はウブで女人の前では震えが止まらないのだった 若い子には好かれないが同年輩以上のご婦人には縁があったね

話を これにさかのぼること二年前の昭和36年のある日に戻して
レストランの社長は80に近かった それが突然四十も離れた子連れと再婚 高二の女の子 どういうわけか その子が私にご執心だった

ある日 再婚の奥さんから 娘がどうしてもあなたとデートしたいとわがまま言ってしょうがないので 申し訳ありませんが娘とデートしていただけませんかと言われ時はびっくり仰天だった 生まれて初めて小娘に惚れられたのだ 拍手喝さいとなるところですが 無責任男の標本のような私には養う気力や環境もなかったので断り続けた

ある夜の閉店間際 再婚の奥さんと娘が店内に現れ 娘は泣いて懇願 やむなく 

私には今 人妻と交際していてあなたには向かない ほんとだよ

そばには二男坊の奥さんもいた 私は弱り切っていた 事もあろうに 二男坊の奥さんまでも 一度付き合ってくださいねと言い出した

デートしないでレストランから遠ざかるか それには毎晩の手握りが消える 弱ったもんだと思いながらデートを翌々日の夕方に決めた タクシーの開け番を利用して

日比谷交差点近くにあった帝劇の隣の東京会館で食事 ここの支配人とは懇意だった 終えて帰ろうとするが日比谷公園に行きたいと駄々をこねるので 公園へ 売るほどアベックがいた 手までは握って歩いたが そこから直線上に小川町があるので歩いて帰った

翌晩 タクシー乗務中の夕飯に立ち寄ったところ 二男坊の奥さんから

キスぐらいはしてくれるかと思ったのに何もしてくれなかった

と泣いていたというのだ このままでは高二のためにも良くないので意を決した

同29年から12歳年上の人妻とねんごろは事実であった そこで二男坊の奥さんに高二の母親を呼んでもらって その人妻を明晩連れてくると告げ 仕切ってもらった

そろそろ頃合いかと12歳年上のほうから清算すべく会う期間を間延びさせていた この時点では3ヶ月に一度程度 そこで12歳年上に事情を話し 高二の前で事実を告げてくれないかと懇願した 快く引き受けてくれた

高二は嘘だと言い張った それはそうでしょう 私が35歳 年上は47歳ですから釣り合いが取れないでしょう そこで目の前で抱擁しキスして見せた 高二は泣いて消えた 二男坊の奥さんの顔が一瞬曇ったのが見えた

これを機に私もレストラン行きは間延びし 半年後の1月10日にタクシーをやめ 小川町を引き払い 探偵事務所を設立した 2年後に立ち寄った時はすでにレストランは消えていた 社長の死で解散したかもしれない

83歳になろうとしている現在も この泥棒目つきが うら若き薬剤師嬢を硬直させたり 公園内で初めて出会う人への挨拶にもドキッとさせたりとは悲しいね 来世というのがあるなら 払っても払っても後ろには列をなすうら若きおなごたちに囲まれるような男に生まれたいね 無理かな?

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市議を通じて野焼阻止を試みるも
13/01/23(水)  165:40更新

国士舘大学の空手部キャプテンだった真取 正典議員に30数年ぶりで電話した 五期で引退していた

真取 正典氏は さいたま市桜区西堀氷川神社宮司及び西堀氷川幼稚園理事長兼園長です

青木儀修さんの上司である故吉田元係長(同市本太氷川神社宮司)さんの親戚にあたる西堀氷川神社を紹介されて 幼稚園専属写真屋と相成った

話しの中で 真取先生は
 昨年行ってきたが なんでこんなに侘びしいのかとびっくりしたよ
 そうだ 郷土の問題なら埼玉新聞に言うと良い 埼玉新聞の記者で
 議員になったのがいる 当幼稚園出身者だから青木さんを知ってい
 るはすだから話して見てもいいね
 
侘びしかったのは遅れた野焼きの所為です 地球温暖化で植生たちは平成十年以前よりも二ヶ月も進んでいるのに 特にサクラソウは一月十日頃には発芽する それを無視して焼くものだから 焼かれた部分の発芽は 後から現れる他の植生たちよりも二週間ほど遅れるものですから 花は咲いても ノウルシ以外のノカラマツ・スイバなどの陰になって すだれ越しの観覧と言う羽目になるからです
    
埼玉新聞と言えば S62年の文化の日を挟んで二週間の写真展をしていた 勧めたのは故吉田さんがコミセンの館長だったことから懇願されて展示と相成った その際 故吉田さんは全マスコミに電話で宣伝して頂き 埼玉新聞が浦和市の名士として写真付きで紹介してくれていた

埼玉新聞には一応電話で野焼阻止について伝えたが 担当者不在と言うことで 後刻連絡させますということであったが まだですね

西堀氷川幼稚園OB議員では三権分立よりも権力があるとしている組織には太刀打ちできないので 頼る気はない

保護課には仔細は話していて資料も添えているので強行するかどうかですね 強行した場合はユーチュープその他のサイトを通じて大攻勢を始めます 義理立てせにゃならん相手はもういないから気楽に攻撃できます

過去に削除したヒステリー女官も再掲載します あれは野尻元課長補佐さんの顔を立てる意味で削除したものです 保護課の若者たちが磯田洋二と言う悪毒に浸かっている証明ですからね

それにしても 真取先生は67歳になっていた 議員の最後はさいたま市第八代議長を務められていた お孫さんもいらっしゃると あの飲兵衛の青年が追いつきそうになったよ 年寄りに追いついたらだめ ふけるだけだよ
     
2013年01月23日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 5.6 0.0 2.9
2 4.7 0.0 2.2
3 4.1 0.0 北北東 1.9
4 4.0 0.0 北東 2.9 0.0
5 3.3 0.0 北北東 2.5 0.0
6 3.6 0.0 北北東 3.7 0.0
7 3.6 0.0 北北東 2.9 0.0
8 4.9 0.0 北北東 2.1 0.4
9 5.9 0.0 北北東 3.8 1.0
10 7.1 0.0 北東 2.7 1.0
11 7.8 0.0 東北東 2.4 1.0
12 7.9 0.0 東北東 2.3 0.3
13 8.1 0.0 東北東 1.8 0.1
14 8.1 0.0 東北東 2.1 0.0
15 8.4 0.0 東南東 3.3 0.3
16 7.8 0.0 東南東 3.8 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 3.2 05:00
最高気温(℃) 9.1 14:47
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
8.0(北北西) 00:03
※16時現在
 
今朝は久し振りのプラス気温 霜柱の跡はあっても氷らしきものはない 今日は触らずに探すだけにした

8日の延焼防止ゾーンの刈り払いで発芽していたノカンゾウその他が切断されていた 先日来から目にしていたが取り上げなかった 今日取り上げたのは刈り払いによる光合成で発芽したという説の反論としてでした

八日の刈り払い以来ずっと青いままであるのは冷蔵庫にしまわれた野菜と同じです 今日以外はすべて氷点下の上に日中も五度前後で経過したからでしょう
延焼防止ゾーンとして刈られる前から2,5cmに伸びていた その理由は下図のようにこぼれ日があるからです それゆえ 刈り取ったから光合成が受けられた説は奇弁の何物でもないのだ

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1月30日の野焼は回避すべきです
13/01/22(火)  17:15更新

2013年01月22日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 3.4 0.0 北北西 1.6
2 3.4 0.0 1.0
3 2.6 0.0 西北西 1.1
4 3.2 0.0 北北西 0.6 0.0
5 2.7 0.0 南南東 0.8 0.0
6 2.6 0.0 0.3 0.0
7 2.4 0.0 西南西 1.1 0.0
8 3.0 0.0 北西 1.4 0.0
9 3.6 0.0 北北西 1.6 0.0
10 3.8 0.0 北西 2.6 0.0
11 4.6 0.0 北北西 3.9 0.0
12 5.6 0.0 北北西 3.2 0.0
13 7.7 0.0 2.9 0.5
14 8.8 0.0 4.0 1.0
15 8.7 0.0 北北東 3.9 0.9
16 8.8 0.0 北北東 2.7 0.7
17 8.4 0.0 北東 2.1 0.4
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 2.3 06:59
最高気温(℃) 9.1 14:25
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
6.8(北) 13:18
※17時現在
昨日の発見第二号から杭一本奥の柵から40cmのところの表土を1cm掬ったら現れた 丈は1,5cm 直径3㍉程度 このように地下1cmのところで発芽態勢が盛んです

十年ぶりで野焼を再開して以来 延焼防止ゾーン内で見え出す発芽について 切り開いたから光合成ができることから早いのだ
と反論されてきた

ところで 光合成とは何か 難しいことは専門家に任してド素人で無学の私の脳味噌を絞ると 光(この場合は太陽光線)が無いと成り立たないと表示された

なれば         
防寒具を剥がされて氷点下の冷気が地中を凍結させる シモバシラが毎日見られる状況下で 防寒具を羽織ったヨシとオギの群生内より温かいと言えますかね

地表が凍結した場所で発芽もしくは準備中のサクラソウが現出した以上は 防寒具を羽織ったヨシとオギの群生内はもっと賑やかでしょう

冷えたこの冬 発芽の発見が例年より二週間遅れたが 一月三十日では平年並みに追いつくはずだ それを焼くと言うのですから乱暴の一語に尽きます

ではどうすればよいか 簡単です 野焼を中止して刈り払いにすればよい 予算がない言うべからず 国の特別天然記念物指定を受けているのですから お金に糸目をつけず サクラソウにとって最良の方法で保護する義務が さいたま市教育委員会にあるのです

私からの提案は焼かずに少し予算を膨らませる程度の作業であります
1.刈り払い
2.ABCDE各区にはサクラソウが全くないブロックがあって
  刈り払ったのを各区のそこに集めて 焼けばよい
3.ゴミ焼却場に持ち込む経費が浮き かつ サクラソウが救われる
 
昭和五年に東大のある教授が 雨が降った後に膝までもぐる話はナカノなる教授が実在したらしい

交通の便が悪いこの地に参るには無理だろうし たまたま たった一度の出会いでの作り話ではないかと考えます
 
なぜなら 膝までもぐる土壌だと地元でそのような話は聞かないのだ      
06年(H18)12月26日早朝から丑三つ時までに降った200㍉の雨で 洪水以外では見たこともない湖が自生地に現れた        
26日に降った雨が31日現在でもご覧とおりです ナカノ東大教授がもぐるというのであれば その土壌の性質は簡単には変化しないでしょう と言うことは膝までもぐるはずですね 現実は嘘八百です

この時は自生地を二分して二つの会社で仮払い作業中の冠水でした
膝までもぐるか見てください
ヨシヶ原と言われたこの地で潜ることはできないのです ↓を見て
足の踏み場もないヨシとオギの根っこが水飴のように柔らかく もぐらせてくれると思いますか?

悪いことに地権者らの懇願を受けて三好学博士が提出した調査報告書には次のように記しているのです  
これほど見事な証拠がありながら 磯田洋二を含めた学者と称する連中や保護課が無視する姿勢は不可解です

私も1km上流ながら水びたしの休耕田でどこまで沈むかを実験したが くるぶしまでが精いっぱいでした
 
ここで断言しておきます 野焼が実行された場合 もう保護課には義理がないので 有力なネットサイトで厳しく保護課その他を糾弾します サクラソウのために!!!

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発芽したサクラソウを焼き殺すな
13/01/21(月)  20:50更新

2013年01月21日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 2.7 0.0 1.7
2 2.5 0.0 北北西 2.4
3 1.7 0.0 1.8
4 1.5 0.0 東北東 1.4 0.0
5 0.8 0.0 北北東 1.1 0.0
6 0.9 0.0 1.9 0.0
7 1.2 0.0 北北西 1.1 0.0
8 1.2 0.0 北北西 0.8 0.0
9 3.0 0.0 南南西 0.3 0.7
10 5.1 0.0 北北東 1.7 0.9
11 6.2 0.0 1.7 1.0
12 6.7 0.0 1.1 1.0
13 7.9 0.0 南東 1.6 1.0
14 8.7 0.0 南東 2.3 1.0
15 8.5 0.0 南東 2.8 0.2
16 8.5 0.0 南南東 1.2 0.6
17 7.5 0.0 南南東 1.0 0.2
18 4.7 0.0 南南東 1.1 0.0
19 4.1 0.0 北北東 0.8 0.0
20 4.3 0.0 1.0 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 0.5 05:35
最高気温(℃) 9.3 13:57
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
7.7(北) 00:04
※20時現在
今朝は雪が消えたB区観覧路わきでサクラソウが二株発芽していた 昨日まで雪をかぶっていた この発芽について 延焼防止ゾーンとして切り開いたために日照を受けて早くに発芽する という説が保護課内で闊歩している
これが保護課の姿勢です と言うのは磯田洋二がA区で1斗缶で何かを燃やしていたのを見ている 熱は上に上るが下降はしないという先入観念で 下茎に与える影響は小さいことは科学的データで裏付けされた と断定した

磯田洋二は専門家と称しているが サクラソウの根っこはどの辺にあるかを知らないのだ 知っておればそう言う馬鹿げたことは断定しないはず しないはずとは利口ではないからです サクラソウの本根は地下1cmにあるのです 毛細根は長く四方に伸びますが 本日発見した第一号で見ましょう
右側が本根です 地上に出ています これは発芽のために膨らむ その圧力で土を押し上げる たまたま雪となって 今朝は濡れた土が霜となって突き上げた 霜柱が立つ時期はほとんどこのような姿で現れます

このカットは毎年大繁茂するブロックにあるものです この環境で火力は下降しないと言っても3、4ミリ程度では影響はあります

2010年1月21日の野焼再開第二回目の時に実験として観覧路の柵の一番上のロープに 黄色のガムテープを張り付けました 延焼防止ゾーンは2m離れています 風は北(左から)から吹き込んでいます 風上ですから熱の影響はなかろうと考えたのですが 結果は思いとは違いました 焦げたテープとその位置の2カットを見てください
これだけ離れても黒こげるのですから発芽態勢に入ったサクラソウの膨らみで表土は3、4ミリ程度では
とは 嘘も休みやすみに言えですね

杭一本左側も大繁茂ブロックですが 地表に出たものがないので表土を少し削ったら丈が2cmのが出てきました ノウルシと間違いやすいのですが 決定的な違いは この色合いのノウルシの出現は二月の半ば以後に現れるのです 現在のは赤味を帯びたものだけです しかも 表皮はツルツルです 葉開きするのは丈が3センチ前後になってからです
実状は100%の無視 主観的な屁理屈だけが専門家と称する連中の体質では裏打ち技能の無い保護課では悲しいね

青木儀修元課長さんのように30年も保護課に在籍して 自生地の今日の基礎を作り上げる功労者なる逸材は もう現れないのかな?

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嘘充満の田島サクラソウ自生地
13/01/19(土)  15:45更新

皆さんは嫌気がさすほど指摘してまいりました 現在も市報であるさくらそう通信の最新版でさいたま市が大っ恥をかく大嘘が堂々と発行されています

この件については昨年の七月に取り上げていますが 嘘だとの証拠が見つかりましたので 再度取り上げます

  ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

      
さくらそう通信れっきとした市報です 情報を紹介する広報誌とは誇大やデマであってはなりません
  
これが市報の定義です
  
ところが教育と名がつく組織が発行するさくらそう通信は嘘八百のデマを堂々と発行しています
同じことを私に対して 昭和五年に東大のある教授がこんな分厚い本に膝まで潜ると書いているよ 古本屋へ行けば見つかるかもしれない と言っていたのが大正九年に変化した 田島ヶ原サクラソウ自生地はよしず張りの生産地ですので 潜りたくても潜れるものでありません

    
  
この状況で 水飴で無い限り潜れる訳はありません 更に↓
さくらそう通信 5号4頁 より
大正九年に膝までもぐってしまうのであれば その五年前のこの写真はあり得ないことになります 更に二年後の大正11年5月7日に昭和天皇の皇太子殿下時代にご視察に見えられています その様子は天然記念物指定70周年記念論文集(論文集と言う)の最後尾に写真が掲載されています 磯田洋二は論文集の基幹編集員ですから知った上で 他人は知り得ないだろうと大ウソを市報にずうずうしくも出したのである

磯田洋二と言う男は 常に口から出まかせの名人であるのです

さいたま市教育委員会は 磯田洋二の原稿が――『原稿』というのは、『正しいのか、正しくないのか』――当然、『裏打ち』が必要だ」――(子供の未来社刊 北学学院大学金森俊郎教授著 子ども・授業・教師・教育論 161頁14行目の『説明文』以下を応用し利用)金森俊郎教授論にならって検定したうえで掲載すべきかを決める義務を放棄して 出鱈目が市報を汚したのです

さいたま市教育委員会は恥を知れ!!!ですね
 
2013年01月19日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 2.0 0.0 西北西 3.6
2 0.1 0.0 西南西 2.8
3 0.0 0.0 南東 1.6
4 -0.3 0.0 西南西 2.5 0.0
5 -1.3 0.0 西南西 2.2 0.0
6 -1.9 0.0 北西 0.8 0.0
7 -2.7 0.0 0.4 0.0
8 -0.9 0.0 南南西 0.7 1.0
9 1.8 0.0 西南西 1.8 1.0
10 5.1 0.0 北東 1.4 1.0
11 6.7 0.0 西南西 0.8 1.0
12 8.3 0.0 2.1 1.0
13 9.1 0.0 南南東 1.4 1.0
14 9.4 0.0 南南東 1.9 1.0
15 9.6 0.0 2.1 1.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -2.8 07:17
最高気温(℃) 9.7 15:00
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
6.2(西南西) 01:43
※15時現在
御殿場ライブカメラより
忍野八海ライブカメラより

明日の日曜日は休みます

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