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サクラソウ2月

 2月の目次 
 田島ヶ原桜草は嘘が充満第一章完 
 田島ヶ原桜草は嘘が充満第二章完 
 愚鈍なる民族またもチョンボだ 
 昨夜の小雪はいいお湿りだった   
 田島ヶ原桜草は嘘が充満第二章 
 田島ヶ原桜草は嘘が蔓延纏め 
 狡猾な中共世界世論をナデナデ 
 関東暴れん坊に湿気抜かれず 
 田路ヶ原桜草は嘘が充満第二章2 
 米国はチャンス逃さず商売上手 
 体罰全否定したら教育できぬ 
 今年は歴史上最高の03年に似る
    

今年は歴史上最高の03年に似る
13/02/15(金)  17:55更新

2013年02月15日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 3.6 0.0 北北西 1.6
2 3.4 0.0 北北西 0.4
3 3.7 0.0 北北西 2.0
4 3.7 0.0 北北西 2.0 0.0
5 3.6 0.0 1.6 0.0
6 4.0 0.0 1.1 0.0
7 4.1 0.0 北北西 1.2 0.0
8 4.6 0.0 北北西 1.6 0.0
9 4.6 0.0 北西 2.0 0.0
10 6.3 0.0 北北西 3.4 0.0
11 7.5 0.0 北北西 2.6 0.0
12 6.2 0.0 3.2 0.0
13 5.0 0.0 北北西 2.9 0.0
14 3.8 0.5 北北西 3.7 0.0
15 2.9 1.0 北北西 4.2 0.0
16 2.9 1.0 北北西 3.5 0.0
17 3.0 0.0 北北東 2.7 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 2.8 16:37
最高気温(℃) 7.7 10:57
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
8.9(北北西) 14:41
※17時現在
 
二月に入ったから氷点下になるのが少ない その上 お空の散水車がまめです サクラソウの発芽も二月に入ってから目立ち出す 今のところはあらゆる点で似ています

問題は 苔のように這うノカラマツの大繁茂です 折角の再来を邪魔される率が高い 神よ サクラソウを守り給え
16日と17日は休みます

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関東暴れん坊うに湿気抜かれず
13/02/14(木)  14:47更新

2013年02月14日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 1.8 0.0 南南東 0.3
2 1.8 0.0 東南東 1.4
3 0.6 0.0 東南東 0.4
4 -1.4 0.0 西 0.7 0.0
5 -0.8 0.0 西南西 0.4 0.0
6 0.0 0.0 西南西 1.3 0.0
7 0.6 0.0 静穏 0.2 0.0
8 0.8 0.0 西北西 1.5 0.0
9 2.2 0.0 北北西 1.7 0.0
10 3.1 0.0 北西 1.6 0.0
11 4.5 0.0 北西 0.8 0.0
12 6.0 0.0 静穏 0.2 0.0
13 7.2 0.0 南西 0.6 0.2
14 8.7 0.0 東南東 1.5 0.7
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -1.4 04:01
最高気温(℃) 8.9 13:59
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
4.5(北北西) 00:05
※14時現在
 
立つこともままならない強風の連続でしたが 気温が10℃越えだった所為か 今日も靴底に泥がひっつく状態でした

いいお湿りと高い気温で 昨日掲載したノウルシの輪根の背後にあった目立たないサクラソウが1cmに成長していた

例年ながら 石ころがごろごろしているガレ場で先にサクラソウは発芽する ガレ場の石ころが暖炉の役目をしてくれるために温かい それゆえ発芽が早いのだと思う

ところで 発芽第一号発見から開花までの日数は? これが不思議です 地球温暖化で温暖化以前よりも2ヶ月早くに発芽するのに 60日過ぎで無いと咲かない

平成13年では三月九日に発芽して3月末に十字路を右へ 杭二本目で1輪咲いていた 現在では三月15日頃に咲きますが 発芽は一月十日前後ですから 温暖化は発芽が早まるが 気温が低いために三月十五日以降に咲くのでしょう

発見第一号発芽が先に咲くことはありません 早い発芽は凍傷にかかる率が高いためと思われます ほぼ三週間遅れの発芽が先に咲きます   

私の誕生日の三月十三日に咲いたのは一度だけでした

昨日の高気温の所為か元駐車場にあるシロバナホトケノザは絵になるのは四株に増えていた

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昨夜の小雪はいいお湿りだった
13/02/13(水)  16:35更新

2013年02月13日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 2.4 0.0 北西 1.8
2 1.6 0.0 北北西 2.9
3 0.4 1.5 北北西 3.3
4 0.4 2.0 北北西 3.0 0.0
5 0.7 1.5 北北西 1.8 0.0
6 0.7 0.0 2.9 0.0
7 0.7 0.0 静穏 0.0 0.0
8 1.6 0.0 2.8 1.0
9 3.8 0.0 北西 5.0 1.0
10 7.8 0.0 北西 7.3 1.0
11 9.2 0.0 北北西 9.4 1.0
12 9.6 0.0 北北西 8.3 1.0
13 10.7 0.0 北西 8.6 1.0
14 11.1 0.0 北西 8.7 1.0
15 11.5 0.0 北西 7.5 1.0
16 10.1 0.0 北北西 7.3 1.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 0.2 03:24
最高気温(℃) 11.5 15:02
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
17.4(北北西) 11:18
※16時現在
家を出た時は風がなかった気がした ところが新大宮バイパス辺りから信号待ちで軽が揺らされていた 富士山の撮影は困難を極めた

自生地につくと 蝶の専門家の関口忠雄氏がいた 開口一番 この風で風邪をひくといけないから引き上げた方がいいよと 諭してくれた 来月の今日が八十七歳の誕生日だからね 心配してくれるとはいい奴だね まあ 息子の年だから敬語外しだよ

今日も目立つのはノカラマツでした A区の駐車場側では苔のようになっていた 小雪とはいえ ホトケノザの紅白ともに元気でした

サクラソウも ノウルシの輪根カットを編集で頭を出しかけたのがニョキニョキと知る

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体罰全否定したら教育できぬ
13/02/12(火)  16:45更新

2013年2月9日20時28分 朝日新聞デジタルニュースによれば――伊吹文明衆院議長が9日、自民党岐阜県連が岐阜市で開いた政治塾で「体罰を全く否定しちゃって、教育なんてできない」と述べ――何のために体罰を加えるのかという原点がしっかりしていないから。愛情を持って加えているのか判然としない人が多すぎる」――「体罰を容認したと言われ、サディズムの権化のような先生が出てくると困るが、要は人間を磨くということ」などと述べた――元文化相・現衆議院議長の発言です

これが大和民族の最大欠点のの典型的な見本ですね この考え方は脳なしの最大なる証拠です
 昔軍靴 今札びらで叩く 
体罰で人間を磨くとは 伊吹衆議院議長は人間失格です

サッカーの大和ナデシコは体罰などで鍛えられた優れ物だろうか あの監督のユーモアで選手たちが能力以上を発揮した言えるのだ

自叙伝の中にある私事を再掲します 新規追加もします

母親の厳しい躾けの良し悪し
10/07/27  20:27更新

アキバ事件の裁判があって被告証言を各マスコミが報じていた その証言から加藤被告の価値観が判明 すなわち
 現実の社会は建前社会 本音で言い合える場所がネット掲示板
この価値観を培ったのが幼少時に受けた鬼のような母親の厳しい躾けだった

トイレや屋根裏に閉じ込められたり 2階の窓から突き落とされそうになったり 食事を食べるのが遅いからと廊下の床にばらまかれた食事を食べさせられたり 九九ができないからと風呂に沈めらりたり これらが屈辱として蓄積された結果である

この間の躾けについて母親は父親の介在を許さず 父親は口出しもできなかったという

街中でよく見かけるものに 泣き叫ぶ幼児に母親が怒鳴ったり殴る光景があります 出しゃばりの私は次のように母親に諭します
 お子さんは あなたの幼少の生き写しです 貴方も同じことを
 していたのです 怒鳴る殴るのではなく お子さんが何を求め
 ているかを知ることです その上でお母さんが日ごろから行動を
 見せ 学習させるようにすれば今のような様子は消えますよ

ほとんどがうるさいよという顔をしますね その結果が親を焼き殺す放火事件やアキバ事件として具現するのです

私も加藤被告以上の幼児期を過ごしていました 政治犯だった父親は特高警察や憲兵隊で拷問を受け 私が小学5年一学期に銃殺刑で死んでいます 物心がついてから銃殺されるまでに父親と生活した期間は3年未満でした つまり 亭主無き生活を余儀なくした母親はヒステリックになって躾けと称して子供たちに 父親が受けた拷問技を続けて鬱憤を晴らしていたのでしょう

私は自分でいうのも変ですが 性格は従順です よく耐えていました S18年 厚木航空隊に入隊した頃でも手首には縄目の跡がまだありました 兄弟の誰かが悪さをすると4人兄弟が一蓮托生というか 全員がせっかんされます 長男である私は縄で縛りあげられ天井の梁に吊るされます 足が地にやっとつく程度ですから 手首の激痛に耐えかねて暴れるとブランコになります これがほぼ毎日でした 手首の縄目はその為です

従順だった私も家出を決心する事件がありました 6歳違いの直ぐ下の弟が今でいう3歳のある日 表で遊んでいるとき 訪ねてきた伯母と出会い 小遣いに50銭玉をもらっていた 当時としては大金でした よせばよいのに母親の気質を知っているためか 伯母は次男坊に五十銭あげたことを告げて帰った それからが大変でした

夕飯時にも弟は帰ってこない 戻ったのは八時過ぎでした
 今までどこにいた
 
友達の家
 伯母に会ったか
 
会わない
 嘘つけ!
 
会わなかったよ
 五十銭もらっただろう
 
知らないよ
母親は白状させるために両手を後ろで縛り上げ 余った縄を首に巻きつけて腕に結び テープルの上にひざを突かせ 青竹を関節の間に入れて座らせ 外れないように縄で結わく 手と首とひざの激痛に暴れると床に落ちる 落ちたのを拾い上げて座りなおさす

そしてだ 燃えている七輪にミルクの空き缶を入れ真っ赤に焼けたのを六回も顔に押し付けた 弟の顔から煙が立ち込めた ご丁寧に顔に六つの鎖型の輪ができた

この事件以後 私は家出のすきを狙う 旧制中学三年に海軍特殊航空兵の募集があって応募し見事合格 翌年の六月に厚木航空隊に配属された 体のいい家出ができたのであった

この件についてワイフは他人にいわない方がいいと諌められたが 加藤被告が受けた折檻は私のとは程遠いが 折檻は子を奈落の底に落とすことしかないことを世に知らしめるには うってつけなのであえて恥をさらした

私の場合は幸いだった あの鬼婆婆が事あるごとに
 人に後ろ指さされることはするな
 一度でも顔を合わした人を見たら先に挨拶せよ
この二点と恨みが同時進行して私は戦後いろんな世界をさまよったが この二点がよぎって底なし沼からはい上がれたのであった

恥をさらしたついでにもう一つの恥をさらしましょう

私はS21年の二十歳で結婚 長女が生まれた 私は鬼婆婆のおかげで悪の道に行かずに済んだ 我が子にも同じことをするべくしていたが 泣き叫ぶ長女は暴力を受けても一向に泣きやまない そういう時 長女の母親が
 何々ちゃん これをしてくれる?
と声をかけると泣きやんで言われたことをし出すではないか

私ははっとした 子供の性格を見ずに親のエゴを押しつけるのは間違いと知ったのだった 折檻ではなく 教えるのでもなく 躾けは親が行動で見せるものだと悟った

この結婚は破たんした 原因は私が何をすべきか 結婚とは何か 子たちとは何か 悶々とするだけで閉まらないために逃げられたのであった 人間として最高の罪作りだった

二度目の結婚で生まれた娘(麻雀孝行)には この達観した哲学???を実践すべく娘の目が見えだした瞬間を自由業ゆえに暇があって待ち続けた

その時が来た トットタッタに座っていた娘の表情が緩んで私の顔を見ている
 おはよう
声をかけた 娘は笑ってくれた 以後の行儀作法はすべて我ら夫婦が実践して見せた おはよう 頂きます 御馳走様 おやすみなさい 娘は何時しか同じようにしていた 写真屋業ですので撮影にも連れて行った 父母の立ち振る舞いをショーを見せるように学習させた その結果が早くも現れた

娘が幼稚園に入る前の年に 楽器屋さんの音楽発表会を川越市民会館であった時 録音屋さんもお嬢さんを連れて来ていた その子を我が娘は
 お客さんにはね
と言い 両ひざに手を合わせて こんにちは と最敬礼するよう教えていた すべからくこの調子で特別に教えることは無く 強要もしなかった

娘が小学五年のある日 今日は数学の試験があるんだと学校に出かけた その日の夕飯時に 思い出して試験の結果はと尋ねた
 お父さんの娘だも 駄目だったよ でもね 一問だけ二重丸だよ
 わかんないが この前はこのように教わった 今度のはその続きで
 こうなるんではないかと そのようにしたら二重丸だったよ
これを聞いた私は この子は推理力がある それさえあれば世の中は無事に渡れる そうであれば 勉強しろとは言わないことにした 所詮 血のつながりで子が親を越えられる確率は低いのだから 娘の勉学は娘の好きなようにさせようとし 実行した

教養というものは他人が教えるものではなく 親の責務であるのです 親が日常の立ち振る舞いで学習させるものです 教養を成し遂げさせるために 加藤被告の母親は道を間違えたのである

ところで 顔に焼き跡をつけられた弟はというと その件は忘れたらしく母親を顧みない私の代わりに最後まで親孝行をした

体のいい家出ですから二度と帰る気はなく 見つからないように戸籍上の氏名も変えていた ところが三十年前に弟が私を探し当てた 目的は私を殺すためであったという しかし 彼は生きるためにさんざんな目に会い かろうじて生きているのに 兄貴は自力で家まで建て家族を養っている この兄貴に負けた 殺すどころか尊敬の念が芽生えたという

それから二年後に母親を連れてきた 私は弟の顔焼きについて今も許せないのだ 彼が暴力団組長になったのもその所為だよというも 母親は毅然として次のように言い放った
 教育だよ あの時は あのようなことをしていなかったら今日の
 この子はいないよ 暴力団組長というが この子は人をあやめた
 ことは一度もないのは あの行為のおかげだったんだよ

まあ 私の頑固ぶりは母親譲りだろうね それから十年後に亡くなったと亡くなってから二年後に弟から墓の費用をと寄付を求められた カラオケボックス経営時だったので弟の労をねぎらい 罪滅ぼしを含めて不足がないよう後のことを任せた

   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

父親の死後 後見人たちの援助を断って母親はある山村へ引っ越した 一学年一学級しかない小さな学校の担任は大都会からの転校生と言うことで 山村の子たちとの違いを見せるために私を色々と試していた

アドリブの名人ですので 何事にも優れていた そこで担任は級長と副級長がいるのに 新たに学級長と言う名称を私に与え 好きなように行事をさせてくれた

内容が思い出せないが ミスがあったのだろう 担任に問い詰められていた 形の上では言い訳の連続だったのでしょう
 日本男児は言い訳しない 
とピンタを一発喰らった 担任の体罰はこれっきりでしたが 私には効果的だった 言い訳にならないことを目標としたのだ 家庭と学校の両方での体罰は嫌だからね
   
我が母親から受けた体罰は親不幸と言うを背負った それていてアキバ事件にならなかったのは鬼婆婆ながら
 人に後ろ指さされることはするな
 一度でも顔を合わした人を見たら先に挨拶せよ

教養なる緩和剤も添えられたことと

生前中にわずか三年未満しか会えない父親から授けられた宝物の所為であった
 助ける気があるなら躊躇するなかれ
 飼い主が異なる隣り合った豚小屋の太った豚と痩せ豚の話     躊躇は 地下に潜った父親から母親にあてた手紙であの詩は重要だからおぽさせろの指示 豚の話しは小学一年の夏休みに三日間だけ父親の旅先でいっしょにいた時の 演説の中のたとえ話が頭から離れられなかった

私が特攻隊崩れで終戦直後の困難期を無傷で渡れたのはこの四例の教訓のおかげでした

担任のピンタは 私の場合は糧となるが(のぼせ上っていたのだろうことを悟らされた)が 多くは逆恨みと言う糧を与えてしまう

人間は金剛石ではない 傷めて磨けば玉とならないものです

私の小さな体験で言えば
現伊吹衆議院議長は政治家失格どころか 人間失格
でもあるのだ
    
2013年02月12日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 0.0 0.0 北北西 2.9
2 -0.5 0.0 1.8
3 0.5 0.0 北北西 5.9
4 0.0 0.0 北西 4.5 0.0
5 0.2 0.0 北北西 4.3 0.0
6 -0.4 0.0 北北西 4.0 0.0
7 -0.7 0.0 3.0 0.0
8 -0.1 0.0 2.5 0.2
9 1.7 0.0 2.6 0.0
10 2.8 0.0 北北東 1.7 0.1
11 3.6 0.0 北東 1.1 0.2
12 4.3 0.0 北東 0.7 0.1
13 5.0 0.0 南南東 1.6 0.0
14 5.6 0.0 1.4 0.0
15 6.0 0.0 2.2 0.0
16 6.1 0.0 東南東 2.1 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -1.1 07:29
最高気温(℃) 6.4 15:14
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
9.7(北西) 04:37
※16時現在
三ッ峠ライブカメラより
 
今日の自生地は無風 曇りながら地面はポカポカしていた 地熱でしょうね サクラソウは全て頭丁が黄色いのは凍傷の所為です

A区駐車場のはずれ辺りが陽だまりに当り ここのアマナははもう10cmに伸び ノカンゾウは5cmで凛としていた

明日の雪か雨が是非とも来てほしい 大変な力水ですからね

白いアマナ野原となる日は近いです

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狡猾な中共世界世論をナデナデ
13/02/09(土)  16:45更新

2013年2月8日19時58分 朝日新聞ネットニュースによれば――北京で売られていた「東京大爆発」と名付けられた花火が、10日の春節(旧正月)を前に販売停止――回収されている。北京の業者によると、好戦的な印象を与えるため、イメージダウンを嫌った当局から指示があったという。――このずる賢さは天下逸品ですね

事実はどうであれ 証拠なしの日本側の抗議は――2013年2月8日11時56分――「一方的に虚偽の状況を発表し、日本政府高官が無責任な発言を行った。『中国脅威論』をあおって、国際世論を誤った方向に導いた」と非難した――中国はこの非難を正当化せんがため 大げさにではなく国内の小さな「東京大爆発」花火の販売停止を命じることで 世界世論の頭をナデナデした

実にタイミングの良い効果的な手管だった あの大きな問題の最中に「東京大爆発」という商品名を販売停止にしたのは 中共の主張は真実だったと印象付けたのである これで世界各国は中共を快く理解したでしょう
  
大和民族もこれぐらいの知恵がないと今世紀の半ばごろ辺りから ボロボロになるでしょう もう技術で世界制覇は無理ですからね
2013年02月09日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 -0.3 0.0 北北西 3.8
2 -0.3 0.0 北北西 2.8
3 -0.7 0.0 北西 3.8
4 -0.9 0.0 北北西 3.0 0.0
5 -1.0 0.0 北北西 2.3 0.0
6 -1.6 0.0 北西 1.8 0.0
7 -1.0 0.0 北西 3.0 0.0
8 0.7 0.0 北西 3.3 0.3
9 2.8 0.0 北西 5.0 0.9
10 4.6 0.0 北西 7.3 1.0
11 5.6 0.0 北西 7.7 1.0
12 6.2 0.0 北北西 5.9 1.0
13 6.6 0.0 北北西 5.2 1.0
14 7.5 0.0 北北西 4.5 1.0
15 7.7 0.0 北北西 4.3 1.0
16 7.1 0.0 北北西 4.6 1.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -1.9 05:46
最高気温(℃) 8.0 14:53
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
12.8(北西) 10:57
※16時現在
    
桜草橋交差点で 電柱にカメラをくっつけての撮影ですが 体が飛ばされる強風のため静止するのがやっとだった

富士山の笠雲と思ったのですが はるか手前にあったと見えて各富士山ライブカメラでは雲なしでした
    

連休は休みます

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愚鈍なる民族またもチョンボだ
13/02/08(金)  19:07更新

2013年02月08日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 2.1 0.0 北西 1.8
2 2.4 0.0 北西 1.9
3 3.3 0.0 北西 2.9
4 3.7 0.0 北西 3.6 0.0
5 3.5 0.0 北西 3.7 0.0
6 3.1 0.0 北北西 5.2 0.0
7 2.2 0.0 北北西 5.7 0.0
8 2.3 0.0 北北西 5.9 0.0
9 2.7 0.0 北北西 7.1 0.0
10 3.9 0.0 北西 8.8 0.1
11 5.3 0.0 北西 8.6 0.9
12 4.7 0.0 北北西 8.8 0.9
13 5.9 0.0 北西 8.6 0.8
14 5.8 0.0 北北西 8.4 1.0
15 5.4 0.0 北西 9.9 1.0
16 5.1 0.0 北西 5.9 1.0
17 3.9 0.0 北北西 3.9 1.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 1.9 07:22
最高気温(℃) 6.4 13:36
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
19.0(北西) 13:28
※17時現在
 
2013年2月8日11時39分 読売新聞ネットニュースによれば
  
中国海軍艦艇が海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射した問題――中国政府から「日本側が対外公表した事案の内容は事実に合致しない」との回答――公式のコメントがあったという

大和民族の千倍もずる賢い漢族に挙証責任を行使しないで照射したというだけで 中共が認めるとは思っていなかった 案の定だった

自衛艦にはビデオカメラは搭載していないのかね
 一瞬だけだったのか
 連続だったのか
一瞬では問題化するのは大人げない
連続照射なら証拠として撮影するはず

仮に うっかりの記録忘れなら 次の機会に備えてがっちり記録してから公表しても遅くはない

慌てて 照射されたと騒ぎ立てても ほれ ご覧のとおりと言うのがなければとことんシラを切りとおせるものだ

そして 北ではロシアが航空機の領空侵犯 軍事演習のついでらしい 味方からも――イージス艦を増やし――次期主力F35戦闘機の予定数をうわまる数にせよ――なんて商売の糧にされたり 四面楚歌ですね       
中共の前政権である蒋介石の国民党が日本帝国沖縄懸八重山郡尖閣列島と日本領であると認知していた この立派な証拠をガキ集団民主党は使う気がなかった 安部坊やも使う気はなさそうだ
 
マスコミも沈黙している なんでだ?    
 
と言うよりは 沖縄さえ思うようにならない外交音痴だからでしょう
八重山辺りも出そうとしないのは 独立を目論んでいるのだろうか

中共が正式に日本のでっちあげと言い出したのですから 大きく仕掛けようではないか かつてないほど中国国内での大反日デモを誘導しよう 騒ぎが大きくなればなるほど倒共気運が高まって習新政権が路頭に迷う
 
一党独裁で無くなればマーマーフーフー(各個ばらばらの意)民族ですから各地の強い勢力が戦国時代をやらかして 覇権思想が潰え易くなります 

どうせ 鋼しか能がないのならそうすべきです
用足しを済ませてこの時間に到着した 立つこともままならない関東暴れん坊で かつ 超冷えで五分も居られずにサイナラした

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米国はチャンス逃さず商売上手
13/02/07(木)  16:40更新

2013年02月07日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 1.2 0.0 北西 0.9
2 1.0 0.0 静穏 0.2
3 1.9 0.0 東北東 0.9
4 1.4 0.0 北西 1.6 0.0
5 1.1 0.0 北西 1.3 0.0
6 1.1 0.0 静穏 0.2 0.0
7 1.2 0.0 西 0.5 0.0
8 1.9 0.0 静穏 0.0 0.0
9 2.8 0.0 南南西 1.1 0.2
10 3.5 0.0 西 0.4 0.0
11 4.9 0.0 北北西 1.1 0.0
12 6.1 0.0 1.8 0.2
13 6.8 0.0 北西 1.8 1.0
14 7.7 0.0 北北西 2.0 1.0
15 8.8 0.0 北西 2.3 0.9
16 8.2 0.0 北西 2.3 0.4
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 0.6 00:11
最高気温(℃) 8.9 15:15
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
4.8(北北西) 12:26
※16時現在
 
2013262015  読売新聞ネットニュースによれば メア元日本部長が国会内の講演で レーダー照射 米軍なら反撃 そして――中国海軍は規律が良くないし、あまり訓練もされていない。非常に危ない――中国の海洋戦略――尖閣諸島だけでなく――琉球諸島も狙っている――中国の脅威にどう対処するか、日本は決断しなければならない――現在6隻のイージス艦を増やし――航空自衛隊の次期主力戦闘機として米国から調達する「F35」を予定の42機より多く購入すべきだと指摘した――とまるで日本を赤子扱い つかえ棒側から脅しをかけて武器をたんまり売ろうという魂胆 さすが商売人ですね

それよりも このニュースが何故か消えている
    
昨日の雪は河川敷きでいずこも四、五センチ積もったようですね

この雪は凄いお湿りだったと見えてサクラソウがニョキニョキです
いずれも温かいガレ場です
   

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田島ヶ原桜草は嘘が充満 まとめ
13/02/06(水)  20:37更新

其の一
 
光村図書 国語D 上 銀河 平成17年(2005)2月5日発行
サクラソウとトラマルハナバチ 著者 鷲谷いずみ 26頁〜

――数十年前までは、日本各地に野生のサクラソウの群落地があり――ところが、野原や林が牧場や畑やゴルフ場に変えられて行くにつれて、だんだんそのすがたが少なくなってきました。なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、
 なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままで
 は、絶滅が心配されます。


花がさいてもタネが実らないというのです 伝聞としているが その伝聞なるものを探して見た
 
学習に役立つ日本の環境 生きものとともに 瀬田信哉 27頁
株式会社 岩崎書店 1995年(H7)4月20日第1刷発行

――略――そこで研究者がサクラソウの花に集まる昆虫を撮影しようとビデオを回したところ、何日たっても昆虫が写りません。雌しべに雄しべの花粉をはこんでくれる昆虫がやってこないのです。

現在咲いているサクラソウは、戦後まもないころには雄しべと雌しべがまざって、種子の繁殖もあったことがわかっています。ところが現在はそのような健全なはたらきがとだえました。理由は保護区のまわりが住宅地になったり、ゴルフ場になって、緑があっても農薬がまかれたりして昆虫のすめない環境になってしまったからです。――略――

花の友53 平成7年(1995)3月「春」号 財団法人 日本花の会 28〜29頁 岩槻邦男

――略――サクラソウは――略――山間や原野の低湿地に生じ、ふつう大群落を生じる。短い地下茎がじめじめした地中を――略――残念なことに、このサクラソウ群落も、花粉を媒介してくれる昆虫たちが訪れることができなくなってしまってから、陸の孤島に島流しされたように、今では次世代を生み出す術を失って、いたずらに老いと死を待つだけの集団になり果てていることが、最近の研究によって明らかにされている。――略――

教育出版株式会社 国語4上 さくらそうの保護 生井兵冶
(筑波大学教授)
平成9年(1997)1月20日発行{文部省検定済}

――略――クローン毎の1花当たり結実種子数の調査結果(鷲谷)と筆者(生井)の受粉生物学的研究結果と併せて考察すると、等長花(H)にある程度自家受粉和合性を有し高い生産性を示すクローンがあり、有効な花粉媒介昆虫が少なくても長花柱花(P)には短花柱花(T)よりも適法受粉が起こり易いクローンが多いので、短花柱花クローンに比して種子生産性が比較的高い場合が多いという結果が得られたものと思われる。――略――

以上は記念論文集にある生井兵冶氏の単独寄稿です。他に鷲谷いずみ博士との共同寄稿もあります。ところが、国語4ではこれを否定するかのように上記各氏の論調を書き込んでいた。

すなわち、――略――田島ヶ原のさくらそうに種ができにくい理由は――略――受粉をしてくれる昆虫たちが、ほとんどやってこないためだったのです――略――ですから、種ができなければ、田島ヶ原のさくらそうは、やがてはかれてしまい、ぜつめつしてしまうかもしれないのです
――略――

そして 学習に役立つ日本の環境 花の友53などをさかのぼること三年前に

国立科学博物館ニュース第277号 15頁
 (平成4年4月20日発行=1992=)

加藤克己(新潟大学助教授 理学博士 1999年現在)
上記資料は 平成十三年四月に浦和市としての最後の担当官から送られた資料の一部です 画面右側の二つ星の中がインチキ論の出発点です

二つ星の中にある鷲谷いずみは何者で田島ヶ原のサクラソウとはいかなる関係か 旧浦和市が国の特別天然記念物指定70周年論文集(以下論文集と言う)を刊行するにあたって 蕨高校教諭の磯田洋二という委託研究員では箔がつかない理由(青木の想像)から 筑波大学の生井兵冶らに1986〜1989の三年間にわたって調査を依頼していた このグループの中に鷲谷いずみ博士がいた 鷲谷は編集員でもある
★★ところが最近になって 私の共同研究者でもある筑波大学の鷲谷いずみ博士が意外な事実を明らかにしました 田島ヶ原のサクラソウはほとんど種をつけないのです――★★

言いだしっぺは鷲谷いずみ
国立科学博物館ニュース第277号 15頁
 (平成4年4月20日発行=1992=)

加藤克己(新潟大学助教授 理学博士 1999年現在)
この記述によって 瀬田信哉 岩槻邦男などが後追いをし 不思議なことに別の観点に立っていた生井兵冶教授までが鷲谷いずみに乗り換えた
 
地人書館 サクラソウの目 1998年3月22日初版 著者 鷲谷いずみ
プロローグ 11頁11行より12頁14行

――今から10年ほど前、1987年頃であっただろうか。サクラソウの研究を始めて間もない私は、埼玉県浦和市の田島ヶ原を研究フィールドにしていた――自生地は、国の特別天然記念物に指定されており――立ち入りを禁じられた保護区の柵の中で咲く。――花の時期に調査していると、柵の中におばあさんが正座してじっとサクラソウを眺めてる。――
いきなり嘘で始まる サクラソウの目は私小説ではなくれっきとした専門書です 立ち入り禁止内に――花の時期に調査していると、柵の中におばあさんが正座してじっとサクラソウを眺めてる。――有得ない話から始まっている

送粉昆虫がいないと地名をぼかし 送粉昆虫はトラマルハナバチと断定――彼女が花を訪れたとき花茎がしなって下向きになった マルハナバチはつめをかけて花にしがみつき 下方から舌を差し込んで蜜を吸っている(127頁3行と4行・北海道南部での話とか)――あの小さなトラマルハナバチで頑丈な花茎がしなぐのに 大きなキタテハでは垂れていない ここでも嘘が入った
  

平成十二年に市役所で出会った儀修さんがはき捨てるようにこぼしたのはこの辺の事情なのでしょう
   
その弐
 
磯田洋二の馬鹿さ加減 さくらそう通信26号4ページでは
★自生地の昔は湿地帯だった 昭和五年(後に大正九年に変じる)
 雨の降った後は膝までもぐると本に出ている

★自生地は荒木田土で 降った雨は地表をぬらすと直ちに地中深くに
 浸み込んでしまい 地表付近には雨水が溜まるような湿地はできな
 いのです    

★サクラソウ群生地周辺が開発される前は 地下1.0m付近から下に
 は常に水が溜まっていたことが分かっているので 湿地がなくなり
 乾燥するするようになったのは 開発の影響によるものと考えられ
 ています
    
その参 さいたま市教育委員会文化財保護課

保護課の職員たちは阿呆揃いだろうか 否 それでは就職試験にも通らなかったはず ではなぜ 鷲谷いずみ東大教授のインチキ論に無関心のみならず 今もって審議委員に据える理由は何か

辻褄が合わない話をずっとさくらそう通信に書き綴っているのに 気にも留めずに掲載し続ける神経は不可解だと言いたいが ここが官僚の神髄とも言えるのだ

敷かれたレールを下手に外すと死に至る脱線に繋がりかねない それゆえ 四の五のと言い訳して逃げるのだ 官僚の保身術の免許皆伝である

本当か嘘かは問わない 市長さえいじれない最強権力下にあるからね

壱納税者としては 国の特別天然記念物指定を嘘で血税を使われるのを許すわけにはいかないのだ

嘘だけで済むのならまだ救われる 理屈さえも整わない野焼作業の改善をしない磯田洋二に任せては サクラソウを見せるのか 焼けぼっ杭を見せるのか 全国から見学に見えられる方々にお恥ずかしい限りです
こんな様子を全国から見えられた方々に見せられますか? 避ける方法はいくらでもあるのに毎年繰り返している

首をかけて さいたま市の名誉を守る職員が出て欲しい 切に!!
   
2013年02月06日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 6.9 0.0 東北東 2.9
2 6.1 0.0 北北東 1.4
3 5.3 0.0 北北西 1.9
4 3.5 0.0 北北東 3.1 0.0
5 0.8 0.0 1.6 0.0
6 0.6 1.0 北北西 1.9 0.0
7 0.6 1.0 北西 1.9 0.0
8 0.4 2.0 北西 2.1 0.0
9 0.7 1.5 北北西 1.5 0.0
10 0.8 0.5 北北西 3.1 0.0
11 0.8 1.5 北北西 3.4 0.0
12 1.3 1.0 北北西 3.4 0.0
13 1.5 0.5 北西 3.7 0.0
14 1.5 1.0 北北西 3.3 0.0
15 2.3 0.5 北北西 2.8 0.0
16 2.4 0.0 3.5 0.0
17 2.4 0.5 北北東 2.1 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 0.4 08:35
最高気温(℃) 7.7 00:01
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
7.7(北西) 11:16
※20時現在
気象庁は大げさな情報を昨日からはやし立てた JRは減便を発表して対処したが 肩透かしだった まあ逆であった場合は 非難の渦がうねることを思えば 予報が外れてよかったと合掌しましょう

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田島ヶ原桜草は嘘が充満 第二章
13/02/05(火)  19:20更新

ここまでの磯田洋二の無様ぶりは単発でしたので気がつかなかった方も多いと思います

ところがです さくらそう通信26号では一頁内の記述が支離滅裂なのに 磯田本人は気がつかないようです 一月前半で取り上げていますが ここでは纏めて見ます

26号4頁の主な内容
1.第一段落 大正九年では雨が降った翌日では膝までもぐる
2.真ん中のところでは荒木田土で雨水は勢いよく地下深く沈む
3.最終段落では周りが開発されて乾燥化した
 
これほど出鱈目の書物も珍しい 整合性が全くないのだ
   
同じことを私に対して 昭和五年に東大のある教授がこんな分厚い本に膝まで潜ると書いているよ 古本屋へ行けば見つかるかもしれない と言っていたのが大正九年に変化した

湿地であれば この人たちは立ってられないでしょう

最近分かったことですが その教授と言うのはナカノと言う教授らしい この教授もインチキの権化のようだ

下記の25号で磯田は自らの記述を否定した内容だ
萱場とはどういうものか そして膝までもぐるか実体を見ましょう
これが萱場です どんなに水をためても潜ることはありません ナカノと言う東大教授がインチキの権化であることを証明する画像をどうぞ
萱場で無い水田で作業中の方に実験してもらいました
中々水が引かない休耕田で体を揺すって実験しました↓
膝までもぐる湿地帯が同じページの次に
荒木田土のために湿地はできないのです
と来たもんだ

ではなぜ 昔は湿地帯だったというのかね 地下水が地表を濡らすことができるのかね よくまあ 大嘘がつけるものだ しかも市報で
    
地下水がどれほど上昇するかを磯田が掘った堀で見ましょう


湿地はできないと言いながら 地表付近は地下水が届かなくなって 乾燥しやすいとは これ如何に

こんな辻褄が合わない話を市報に掲載した
さいたま市教育委員会
の神経を疑わざるを得ない 税金泥棒がたかっている
      
2013年02月05日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 9.2 0.0 北北西 6.1
2 8.1 0.0 北北西 6.4
3 7.0 0.0 北北西 7.1
4 6.0 0.0 北北西 6.7 0.0
5 5.4 0.0 北北西 6.4 0.0
6 4.7 0.0 北北西 6.9 0.0
7 4.5 0.0 北北西 6.7 0.0
8 5.5 0.0 北西 7.4 0.7
9 5.9 0.0 北北西 8.2 1.0
10 7.1 0.0 北北西 7.3 0.4
11 9.4 0.0 北北西 7.1 0.5
12 10.2 0.0 北北西 6.7 0.8
13 11.6 0.0 北北西 5.5 1.0
14 11.6 0.0 北北西 4.0 1.0
15 11.3 0.0 北西 4.1 0.6
16 10.8 0.0 北西 3.5 0.0
17 10.0 0.0 北西 2.3 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 4.4 06:13
最高気温(℃) 12.1 14:23
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
16.7(北) 06:41
※17時現在
  
今日も夜間気温からプラスと同時に関東暴れん坊が一日中大暴れだった 自生地ではアマナがほぼ全域の延焼防止ゾーン内で賑わってきた

S43〜45年まではB区駐車場側中央のロープ際に五、六輪だけだったのが 現在では延焼防止ゾーン内でサクラソウよりも 地味な花ですが 大群落を作って大賑わいです

サクラソウよりもアマナが先ですね アマナの最終が早まったサクラソウとプラボするようになった この時期が一番ですね

飛ばされる灰はもうないので視界は晴朗でした

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田島ヶ原桜草は嘘が充満 第二章
13/02/04(月)  22:00更新

磯田洋二は口を開くと 昔は湿地帯だった から始まります この癖から市報であるさくらそう通信各号では 出まかせの話しを恥じらいもなく堂々と載せています

この 昔は湿地帯だった についてはバカ丸出しの出鱈目が よくぞ保護課が検証もせずに発行するものですね 長い時間かけて過去ログを探しましたが 保存作業のまずさから肝心なところが消えてしまっています 新たにはお頭がついていけないので 近いものを再掲載します

昔の自生地は低湿地帯なる嘘を立証
06/04/12

荒川左岸の河川敷に広がる田島ケ原は、往時は幾度かの洪水にさらされる低湿地帯――
一様な湿地が続いているのではなく、土地は緩やかな起伏が複雑に入り組んで――小川が流れ、水溜や池沼が散在――ハンノキ林やヤナギ林が並び、カヤ場とよばれたススキの原や、ヨシ野(ヤ)とよばれたヨシの原がモザイク状に続く、森林と草原に覆われた広大な地であった――荒川の河川管理によって、洪水にさらされることも稀となり、土地の排水も工夫されるようになって、かつての低湿地帯は乾燥化が進むようになった――


以上は 1990年に浦和市教育委員会が発行した「天然記念物指定70周年記念論文集(以下論文集という)」5頁 特別天然記念物「田島ヶ原サクラソウ自生地」」の植物相について(磯田洋二・現委託研究員)の頭の部分の抜粋です 

これに沿った説が各関係図書にも使われています 書き出しッぺは誰だかわかりませんが見てきたような嘘を云いですね

この記述に幾多の問題があるも 反論を始めると皆さんには退屈ですので割愛し現実の様子をもって嘘であると立証します

是等ノ原野ハ屡々河川ノ氾濫ニヨリテ泥土ヲ蒙ムリ養分ニ富メルモ平時ハ地面乾固シ亀裂ヲ生ゼルヲ見ル土壌ノ状態普通ノ原野ト異ナル

大正9年 サクラソウを天然記念物指定に申請した三好学博士の作成した「天然記念物調査報告書」の一部です (論文集3頁)

このように乾燥状態はおよそ90年前からあったのであって治水工事がもたらしたものでないことがわかります 洪水がなくなったのは治水工事は当然ですが 洪水を発生させる大雨がなくなったことも大きな要因です

では サクラソウ自生地は低湿地帯であろうか 答えはノーです
土地は緩やかな起伏が複雑に入り組んでと書いていながら 自生地は「起」か「伏」かは問わずにいますね 嘘をつく人間 ほらを吹きたがる人間たちの欠陥といえましょう 立証しましょう

昨夜来から降った雨の総雨量は公式データーによれば34.5ミリです これでは乾ききった大地にとってお湿り程度でしかなく とても水溜りができないと諦めながら探索してきました 下手な解説よりも本日撮影した画像をご覧ください
    

先ずは自生地から
乾燥しきった大地に34.5o程度の雨では吸い取られて・・そうです 自生地は大洪水でもない限り帯水することはありません 一方 川上ではこの程度の雨でも↓を見てください

国道463号の羽倉橋脇にある自然林(県立秋ヶ瀬公園ピクニックの森・自生地から2.5k.川上)の様子です
    
↑ここまでの地点の普段は乾燥していて ちょっとした雨でも池化します


↑は乾燥しきった後の34.5o程度の 雨でも池となる
このたまり具合ですと10日ほどで水が引きます ですが 
膝までもぐりこむことはありません

 ←は平時のとき

自然林と自生地の違いがお分かりいただけと思います 川上でじめじめし 川下で乾燥は何故か それは自然林は「伏」にあたり 自生地は「起」だからです それだけではありません 土壌の違いもあります 自然林一帯は粘土質 自生地一帯は壁材に最適の土壌です 土質についての情報は自然保護団体と壁材にと採取していた左官屋さんからの提供です
   
  
ここは かつて左官屋さん達がこぞって壁土にとさらった跡です 矢印から鴨川縁までも同じように掘られてくぼんでいるが そこには水っ気がない この違いは 池化した場所は 底辺から地中にかけて粘土質だからであろう 一方 この池化した以外の全域で前述したように既に地表は乾燥しひび割れ出している 
改めて磯田洋二に問う

さくらそう通信21号/3・4頁 平成18年3月20日

3ページ右端の上から19行目より下から6行目までを抜粋

――指定地が乾くようになった理由は何でしょうか――指定地を囲んで「さくらそう公園」が造られていたり 指定地の南方に「彩湖」が建設されていたりして 以前とは指定地周辺の様子がすっかり変化していること――この変化が指定地の乾燥を引き起こしているらしい――「さくらそう公園」の場所は もとは湿地でした 人々の憩いの場となる芝生広場を造るため 土地が乾きやすいように排水施設を設けたのです ところが芝生広場と隣りあった指定地も一緒に乾くようになったのです――

であれば 今しもE区西端に池があるのに2mしか離れていないD区画像で乾燥している理由を説明されたい
  
  ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
    
反論=――「さくらそう公園」の場所は もとは湿地でした――嘘も休みやすみに言え! 昭和四十二年に自生地を知り 十年もボランティアしていた梶山さんの世話になりながら撮影をしていた GWが終ると梶山さんは ボランティア作業を打ち切って引き上げていった 私は手が空き次第 秋まで追うべくしていた 五月の半ばに現在の管理棟の前に回るとA区のはずれにチョウジソウが群落していた

草ぼうぼうではあったが 濡れずに入れた 当時のことを知る者はいないとふんで出鱈目を並べるのは 振り込み詐欺師と変らん

  ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


――「アスファルト道路」が多数作られたために 以前は地中にしみ込んで指定地を潤していた雨水が 現在は舗装道路をぬらすだけで外に流れ去ってしまう――

雨はアスファルト道路にだけ降るんですか? 皆さんには再度衛星写真で見ていただきましょう

雨はゲリラ雨で無い限り等しく降るものです ゲリラ雨にしても自生地のこの程度では等しく降るものです

アスファルト道路が99%なら磯田説は正しい 現実はご覧のとおりの逆です 狂ったか

明日は更に論理破たん物を取り上げます
 
     
2013年02月04日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 4.7 0.0 北西 1.6
2 5.0 0.0 2.4
3 5.0 0.0 2.1
4 4.1 0.0 北西 1.3 0.0
5 4.0 0.0 静穏 0.0 0.0
6 3.1 0.0 西北西 1.7 0.0
7 3.9 0.0 北西 2.6 0.0
8 4.9 0.0 0.8 0.0
9 6.8 0.0 東北東 0.6 0.4
10 8.6 0.0 1.5 1.0
11 10.0 0.0 2.0 1.0
12 11.0 0.0 東南東 1.6 1.0
13 13.2 0.0 2.0 1.0
14 14.2 0.0 東南東 2.1 1.0
15 13.6 0.0 北西 2.5 0.7
16 13.1 0.0 北西 3.2 0.4
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 2.9 06:10
最高気温(℃) 15.5 14:11
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
7.7(北西) 18:34
※21時現在
 
今日は十五℃を越えた 夜間気温もプラスであった 野焼の灰を抑え込む雨は関東平野の中心に当る埼玉県をよけていった 昨夜は関東暴れん坊が暴れ回ったために 灰は飛ばされて地面がツルツルでした
2013年02月03日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 8.8 0.0 北西 6.8
2 7.9 0.0 北北西 6.2
3 7.2 0.0 北北西 7.1
4 6.5 0.0 北北西 6.4 0.0
5 5.7 0.0 北北西 6.0 0.0
6 5.4 0.0 北北西 6.2 0.0
7 5.1 0.0 北北西 7.2 0.1
8 5.9 0.0 北北西 6.7 1.0
9 7.0 0.0 北北西 8.3 1.0
10 8.4 0.0 北北西 6.8 1.0
11 9.9 0.0 北北西 6.1 1.0
12 10.7 0.0 北北西 5.4 1.0
13 11.6 0.0 北北西 5.1 0.9
14 11.7 0.0 北北西 5.0 1.0
15 11.7 0.0 北西 3.4 1.0
気象庁より
    

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田島ヶ原桜草は嘘が充満 第二章
13/02/02(土)  17:45新

第二の嘘
 
田島ヶ原サクラソウ自生地には委託研究員と言うのがあります その名は磯田洋二 彼の記述によれば シーズン中に生育調査を提案し 受け入れられて昭和40年(1967)に開始 3シーズン目の同42年4月20日に私は目撃した

爾来 磯田洋二を先生とあがめてきた 三十年のブランクを経て当サイトを立ち上げ 三十年ぶりで磯田と出会う

過去ログを見ると 平成十五年まで批判しながらも先生と書いている それが今ではバカ呼ばわりするのは次の事件からでした
 

馬鹿な作業をやらかして
06/03/30

サクラソウが五cm前後に成長してから保護課には連絡なしで業者に残骸の掻き出しをやらした この事件で先生に値しない馬鹿と知り糾弾し続けてきた 第二章は磯田洋二がテーマです    
サクラソウの今昔
05/05/10

平成13年に30年ぶりで自生地に戻って見ればサクラソウは観念的ではあるが小ぶりに見えた。居並ぶカメラマンたちからも同じ意見だった。ここで度々ご紹介している鴻巣の熊谷さんからもメールで次のような感想が寄せられていた。

送信者: "k-kumagai" <kumagai-k@mtd.biglobe.ne.jp>
宛先: "青木実" <sakuraso@jcom.home.ne.jp>
件名 : Re: 追伸 青木実 日時 : 2005年5月9日 8:30


――やはり自生地は、サクラソウの生育に関して、環境があまりにも良くありません。乾燥しすぎと、日照不足です。

私の職場の人も、始めて自生地を訪れ、がっかりして帰ってきました。良く説明しておきましたが、私も、20数年前に訪ねたときは、サクラソウは、30センチくらいの高さの大株で、開花していましたが、本当に残念です。――

これにしても言葉だけで小ぶりであることを証明できません。ようやく熊谷さんから紹介された次の一文で間接ながら証明されました。

「ガーデンライフ・東京山草会」共編の『野生のサクラソウ』
昭和52年4月20日発行「サクラソウ作り5つのポイント」「大垣晃一」

※青木注 大垣晃一さんは元高校の教諭。S42〜44年頃、早朝から自生地で撮影され、自転車であわてて高校に向かう姿を度々目撃しておりました。※


そのときの照度は、葉の位置とおなじくらいの高さ、地表から20cmのところで、
   オギ群落下    約3000ルクス

   ノウルシ群落下約 700ルクス
   葉の丈が20cm、花茎が葉の頂上から10cm 計30cm


というように具体的に違いが証明されました。それとあわせて
旧浦和市教育委員会発行の「さくらそう通信5号・1998,2,27」に掲載された大正5年4月25日撮影の白黒写真では、しゃがみこんだ人物の膝頭近くまでサクラソウの丈はあった。

結論として20数年前までサクラソウの花を含めた全長は30pあったということです。

では現状ではどれほど小ぶりかを物差しを入れて撮影しました。↓    
ごらんのように花を含めた全長は16cm以下、物差しの幅は2cm、花の小ささもよくわかります。地球温暖化でそうなったのか、それも遠因ではあるでしょうが、原因はもっと身近にあるようです。

熊谷さんが見た当時から野焼きを止める平成10年までの様子がまったくわかりませんが、平成13年から年々少しずつ小ぶりに進化しているようです。であれば委託研究員のチョンボですね。彼は権威に弱く、それを越えんがために植生の営みはどうでもよく、間違いの独りよがりで管理事業を推し進めたといえよう。

サクラソウが最も力水がほしい時期とは発芽直前からつぼみを持つまでの間であると思います。梅雨から夏にかけての洪水があろうがなかろうが、この時期の降雨量が左右するのではないか。夏の渇水期に備えて井戸を掘り、スプリンクラーを設置して散水していた。もっとも、これの提案者が彼であるとは断定できないが。

このように、植生の営みとどうあるべきかがまったく見えてこないのである。見えたのは、
1) 気候が温暖化に進んでいる
2) 治水工事で洪水がなくなった
3) 野焼きから刈り払いに移行してのサクラソウへの影響
4) 刈り払い移行への実験方法と実際の方法の違い
5) 2〜3月の降雨量の過去との比較による考察
などがないまま闇雲の管理体制であった。

その結果、刈り払いに移行してからは肥料にと8cm前後の残骸残しの挙に出た。これが3年も続けたことと、この時点から2〜3月からの降雨量減少によって弱小に進んだともいえる。    

可憐な美しいサクラソウを何時見に行けばいいかを伝える目的で、ルンペンで暇がありすぎるほどあることと、インターネットしていることで思い立ったものです。それなのに、あらぬ方向に流れたのは平成13年から5シーズンを通してみてサクラソウが弱小化に進んでいる原因が管理事業のまずさからきたものであること、これを止めないと将来おかしくなると杞憂するからです。

しかしながら、文才があるわけでもなく、書きたい内容が途中で消えてしまうこともあって、ひとまず、感じたことを書き留める、見落としたものを後から書き込む、そして後でばらばらに書いたのを真説 田島ヶ原のサクラソウのように一編の論文にまとめる、その過程に今はあるのです。

5シーズンを見てきて感ずることは、生き物のサクラソウや他の植生の営みはどうでもよく、老委託研究員の枯渇した脳みそで管理事業をやられている弊害を、文化財保護課が認知しようとしない姿勢を全国の皆さんに告知して、人為的に将来が危なくなったかのよう見える現状を是正したいからです。断片的に書きつなぎますので皆さんどうぞお付き合いください

10日の続き。
その結果、刈り払いに移行してからは肥料にと8cm前後の残骸残しの挙に出た。これが3年も続けたことと、この時点から2〜3月からの降雨量減少によって弱小に進んだともいえる。    
今年度と同じ状態です↑。つまり、その段階でも地表から30cmのところを残していたのでしょう。それでもサクラソウが発芽して開花したものですからいけるということで刈り払いに移行したと思われます。

この高さですと残骸の整理は出来ませんから、自動的に残骸が大量に残ります。肥料にちょうどいいやということだったんでしょうね。それが2年も続いたものだから生育がいまいちで、慌てて同13年では地表すれすれに刈り払いして残骸を肥料にと8cmだけ残したわけだ。
そこを私に見られてしまった。だから、30年ぶりで委託研究員と出会ってそれを指摘しても黙っていたわけですね。で、翌14年では出来るだけ取れになって、15年では奇麗に取れと指示を出した。

15年は、1〜3月まで大量に降雨があって、サクラソウの出来もよく野焼き時代に戻るものと誰しも思っていたところ、16年の降雨量0に等しい洗礼を受け、くわえて冬無しの高気温が続いてサクラソウは弱小のまま終え、ノウルシも開花せずに立ち枯れを起こした。

こうなると、残骸を残さなかったのは肥料にならなかったからだと短絡的に捉え、4センチ前後に残骸を残させた。

弱消化したサクラソウが4cmの残骸を潜り抜ける力は弱く、日の目を見たときはすでに他の植生が成長していて我がの世の春を迎える空間が無かった。

これが祟(たた)って弱小と元気の無いシーズンになってしまったのである。本年(05)は一度も全盛期を思わせる瞬間が無く終わった。能のあるものなら40数年もサクラソウにかかわってきたのですから、その辺が読めなくてはならない。植生とはなんだ?という門外漢の私でもそれぐらいは読めるのだからね。

国からの補助金をもらう関係上、規則で決められた研究員設置義務のために能無しでもおかざるを得なかったようだ。

というよりは、現文化財保護課の担当者は新米ゆえに委託研究員に翻弄されたものと思う。私との話でそれとなく苦い顔をしていた。前任者はその上司である儀脩課長がついていたから難なくこなしたがね。

それも、儀脩課長という方は義理堅い方で委託研究員を長年の労をねぎらう意味で丁重に扱っていた。私のようなものでも、多少ともかかわりがあったというだけで、天然記念物指定70周年論文集に何が何でも昭和43年前後の実さんの写真で無いと困るとかで大変でした。管理が悪いものですからスクラップは散逸していて古びたプリントでもいい それと昭和45年のヨシとオギ刈りを儀脩課長と腰を痛めあって苦労としたことへの労をねぎらう意味で義理を果たしたのだと思う。その流れから委託研究員に対しても力量はどうでもよく磯田氏で無ければならなかったのでしょう。それが能無しを有頂天にさせたのだ。

委託研究員は一応専門家である。それが気候天候はもちろんのことすべての変化や進化?等を鑑みず、もっぱら自己の趣味で税金を食い荒らしている。

刈り払いに移行してからサクラソウの弱小化は何で起こったか、専門家であればそこに考えが至らなくてはならない(もしかしますと彼は弱消化したと思っていないかもしれない)。

サクラソウの生育にかかわりの無いいじくり回しはいただけない。指定地だから手をつけられないと私の提案にはそういいきっておいて彼の趣味の植生を見せるためなのか、ヨシとオギの刈り取りを平然と行う。これらはサクラソウとは何のかかわりも無いのである。

そのような行為が可能であれば、私が提案している、サクラソウを覆いかぶさるノウルシが10cmほどに成長したところで剪定するのはいとも簡単なはずです。それによって、隠れているサクラソウに日の目を見させて、その結果として来訪者を楽しませることが出来るのです。

それが来訪者へのもてなしであり、礼儀であると考えます。保護とはそういうことではないか。

ダイオキシン問題で野焼が禁止されるにあたって 刈り払いの実験をしたそうだ 問題なく発芽して花が咲いたということで問題無しにしていた 
   
この実験で 刈り払い状況はどうだったか でき具合とか野焼域との違いはあったかを当時の担当官に尋ねたところ 具体的な報告が上がってこないので不明です との答えだった    
↑で何をしているのですかと尋ねたら作業員から【先生の趣味でしょう】が返ってきた。

この作業はロープから奥行き5mの範囲内にある、ミゾコージ、コバギボウジなどを見せるための除草作業です。このような作業は一年中あちこちで行われています。サクラソウとは何のかかわりがないのにです。それでいてサクラソウを見せる作業は何一つしません。

文化財保護課や委託研究員は、天然記念物指定地だから手を入れられないと吐き捨てるようにいいます。それでいてこのざまです。このようなことが出来るのですから、今日では4月末からGI(戦後の占領軍)と共にやってきたといわれるハルジオン退治の方が大事ではないか。今年は広い範囲にはびこっている。これに侵食されたら在来種はひとたまりもないのではないか。

上のような作業で5人、時給900円として、8時間稼動では1日当りの支出は7200円。5人では36000円、1ヶ月(20日出勤)では72万円、委託研究員の分を入れると100万は税金から出て行きます。それでいて通路側のサクラソウが見えるようにする作業はしないのでは税金の無駄使いです。

ロープ脇のサクラソウを見せるには、ロープから奥行き3mのゾーンのノウルシの剪定に2月半ばから始める、四月中は、ノカラマツの除去、5月はハルジオン除去が続き、以後の作業はご法度とします。この人たちの生活を少しだけ脅すがやむをえないでしょう。

以上は2005年までの様子です
 
2013年02月02日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 7.3 0.0 北北西 1.1
2 6.7 0.0 北北西 0.8
3 6.3 0.0 1.5
4 5.8 0.0 北北西 1.5 0.0
5 5.4 0.0 北西 1.7 0.0
6 4.8 0.0 0.7 0.0
7 5.2 0.0 北北西 1.6 0.0
8 5.9 0.0 北北西 2.3 0.0
9 7.2 0.0 北北西 2.3 0.0
10 8.8 0.0 北北西 1.8 0.0
11 9.6 0.0 北北東 1.3 0.0
12 11.2 0.0 北北東 1.8 0.0
13 14.1 0.0 北東 1.5 0.5
14 15.9 0.0 東北東 1.2 1.0
15 17.8 0.0 北北西 2.0 1.0
16 18.4 0.0 1.1 1.0
17 16.7 0.0 1.3 0.2
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) 4.1 06:30
最高気温(℃) 18.5 15:59
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
5.4(北) 00:11
※17時現在


夜間気温はプラス 加えて日中気温は初夏陽気でした 一気に春に飛び込むのかね
明日の日曜日は休みます

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田島ヶ原桜草は嘘が充満 第一章
13/02/01(金)  19:46更新

第一の嘘

鷲谷いずみ東大教授は北海道が専門だと05年に磯田が私に言い 現担当官らも同じことを言っている

であれば 磯田や現担当官らは 環境によってサクラソウたちの生態が違うことを知らないでやみくもに突き進んでいることになります

なぜなら 多くのアカデミーらが良く言う 
 サクラソウは湿生植物 日陰植物
とのたまう ところが現実では 田島ヶ原サクラソウ自生地の環境は三好學博士の 国の特別天然記念物指定に供した調査報告書はアカデミーらと異なる すなわち   
この報告書によって認可が出たのだが 磯田や現担当官らが否定するとなると 三好学博士はインチキ書面で国を騙したことになる よろしいのかな?

サクラソウの起源は如何なる生態であろうとも 田島のサクラソウは一月から四月末までほぼ連日西乃至北の風に晒され 水分を吸い取られて
平時ハ地面乾固シ亀裂ヲ生ゼルヲ見ル土壌ノ状態普通ノ原野と異ナル
劣悪な環境に順応して歴史を刻んできたのです

この実態を無視して北海道の環境に順応したサクラソウを当てはめるのは無能と言わざるを得ない

田島のサクラソウはもはや湿生とは無縁のサクラソウです

昭和四十三年四月に 青木儀修元課長さんと十年もボランティアで管理していた梶山さんと磯田と私の四人で 現在の第二自生地内にもサクラソウがあるというので探索に出かけるも サクラソウは幻でした

そこで荒川の向こう側の朝霞地籍内 現在のJR武蔵野線付近の竹藪にはサクラソウがありましたが 日陰ゆえに 太陽を求めるのか丈は五十センチ前後とひょろひょろし 花の色は冴えないものであった

ということで サクラソウは環境によって生きざまが異なるという現実をアカデミーらは無視する

サクラソウは湿生植物 日陰植物という定義の実体は存在しません

たわけ者は鷲谷いずみが立派な標本です

なぜなら 光村図書 国語D 上 銀河の出だしは明らかに田島のサクラソウを示したもの それに北海道を抱っこさせた内容だ

インチキでなければ (ただし)をつけて北海道では―と続けば済む 北海道はトラマルハナバチが吸密しているからとて 全国がそうだと決めつけるとは東京大学が泣くよ

我が田島ヶ原では四月末まで強烈な関東暴れん坊で昆虫は飛翔できない事実も見ないとは 大学教授と言う肩書が泣く

田島ヶ原で昆虫がいないのは何時からか 環境破壊という言葉がない時代に四人の学者が 稀 またはサクラソウが嫌われているという報告がある

特別天然記念物田島ヶ原サクラソウ自生地保護増殖実験調査事業報告書より――古い文献資料に当たってみると、この地域でのサクラソウ訪花昆虫は、もともと豊富でなく、むしろ稀であったのではないかと思えてくる――

明治36年(1903)雪吹敏光
明治39年(1906)7月、梅沢親光
明治41年(1908)4月25日、矢野宗幹
昭和16年(1941)5月11日 植村利夫――略――

以上は田島ヶ原でなく、やや下流の戸田原での観察がほとんどであるが、地形的にも植生的にも相似た環境にあるので、田島ヶ原もほぼ同様な状況にあったと考えてよいであろう。要約すると
1)荒川河川敷のサクラソウ自生地では、全般的に訪花昆虫が少ない
2)送粉に有効な昆虫としてはヒゲナガハナバチ
  (おそらくはニッポンヒゲナガハナバチ)が挙げられる。
の2点となる。そしてこのことより、昭和前期はもとより、明治期においても、荒川河川敷のサクラソウ自生地では、訪花昆虫が極めて少なかった、ということになりそうである。
――以上は、24〜25頁――  


地球温暖化と言われて以後 飛翔している昆虫類は見掛けるようになった 撮影に成功したキタテハの吸密です       
たった1頭でしたが 約一時間もつきあったが 私の方がくたびれて立ち去った

キタテハのくちばしも長いので蜜つぼに届く それにしても太いですね

このように空想の世界を さも現実に存在するかのように言いくるめる鷲谷いずみ東大教授はインチキ泉の源泉ですね

私は 名誉棄損で訴え出ることを期してののしっているのですが かすりもしない 光村図書を通じても ののしっているのにね 公の場で化けの皮をひんむいてやると手ぐすね引いて待っているんだが…

このことについて  北陸学院大学の金森俊郎教授は著書『子ども・授業・教師・教育論』で私の小論文を利用して批判しています ↓に転載

子どもの未来社贈呈本届く
09/01/24  22:37更新

金森俊郎教授のプロフィルは凄いですね
教授が引用したのは 光村図書への質問と返事に対する反論ではなく私の別のHP 真説 田島ヶ原のサクラソウ 鷲谷いずみ氏のインチキ論を論破する からでした

光村図書小学5年 上 「サクラソウとトラマルハナバチ」についての鷲谷いずみ東大教授の言葉の使い方について批判?したものです 自慢めかないように控え目に抜粋して転載します 

――人間が世話しているところもありますが(186頁)――
金森教授=
なぜ、「保護」と言わないで「世話」という言葉をつかったのかが、ちょっと納得がいかないですね。一般的には人間が「世話をする」とは言わないですね。「保護活動」――「保護、環境保全」――「そのものを保護する」っていう言い方をしますけども。

――そこでは、なぜか花がさいてもタネが実らないというのです――
金森教授=
「というのです」と、「伝聞形」になっています。――伝聞形の文章にしたのは彼(青木・青木注)が批判したことによってのようです――いちばん先に「実らない」と言ったのは「鷲谷いずみ氏」なんだそうです。その氏が「なぜここを伝聞形にしたのか?」っていうのが、ひとつの謎です。――「批判が出たことによって、ここを伝聞形にしてしまったのだろう」と思われます――そのお互いを見ていくと、「批判」はこうしてインターネットにデカデカ載ってるんですけど、なぜか「鷲谷氏」がこれに対する「反論」を載せている様子は―私の調べた限りでは―見当たりませんでした(190頁)

金森教授のここの狙いは「『説明文』というのは、『正しいのか、正しくないのか』――当然、『裏打ち』が必要だ」――われわれの教材研究の「根本」ですから、私のようにして調べれば、別のいろんなことがわかって、とてもいいです。――が真意のようです

該書は 2007年12月16日に石川県河北郡津幡町立河合谷小学校で行われた児童と保護者・市民に向けた授業(前半)と講演(後半)をもとに加筆したものだそうです

興味のある方 または教鞭をとっている先生方の勉学のためには本屋さんか

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
〒102−0071 東京都千代田区富士見2−3−2
子どもの未来社
電話 03−3511−7433
FAX 03−3511−7434
E-mail co-mirai@f8.dion.ne.jp
URL http://www.ab.auone-net.jp/~co-mirai
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

へお問い合わせください 定価 1800円

 金森教授は私を認めた上で採用した訳ではありません 批判対象者には敬称をつけ 批判資料提供者をと表現しているからです

金森教授の要望に私が応じたものです いずれにしても無学ものの下手な小論文を利用されたとは 光栄の至りです

 
13/02/02 16:00 追 記
    

鷲谷氏は、地人書館刊【サクラソウの目】127頁で北海道南部で吸蜜昆虫を発見、(エゾトラマルハナバチ・はトラマルハナバチの北海ドア亜種の和名・以降本文中では、種名のトラマルハナバチを用いる)とし、有効なポリネータはトラマルハナバチ(北海道ではその亜種――)の女王であると確信している――と甚だ乱暴にしてあやふやである。

なぜなら、浦和市教育委員会発行の天然記念物指定70周年記念論文集(以下論文集という)103頁 鷲谷いずみ・生井兵冶共同執筆 (3)八ヶ岳山麓の個体群では各種の昆虫がサクラソウを訪れるのに対して、田島ヶ原では開花期にポリネーターの飛来がほとんど観察されなかった(生井未発表)――論文集の編集員を務めた鷲谷氏が、上記記述を編集した当人でありながら、そのような確信宣言は矛盾です

なぜなら 地人書館刊【サクラソウの目】をさかのぼること八年前の1990の論文集では八ヶ岳に於いては各種の昆虫がサクラソウを訪れるとある  八年後にサクラソウの有効なポリネータはトラマルハナバチの女王であると確信している

この女も 場所毎と語る毎に内容が変わってしまう 

2013年02月01日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 -0.9 0.0 北西 1.6
2 -1.6 0.0 北西 1.7
3 -1.6 0.0 西北西 1.7
4 -2.3 0.0 西北西 1.4 0.0
5 -2.1 0.0 北北西 0.8 0.0
6 -2.4 0.0 北西 1.4 0.0
7 -2.2 0.0 北北西 1.1 0.0
8 -0.7 0.0 0.8 0.9
9 1.9 0.0 北北西 1.9 1.0
10 4.4 0.0 0.7 0.7
11 6.5 0.0 北北西 1.0 0.9
12 7.7 0.0 西南西 0.8 1.0
13 10.2 0.0 南東 3.1 1.0
14 11.3 0.0 南東 2.2 1.0
15 12.3 0.0 南東 2.9 0.6
16 11.7 0.0 4.7 0.0
17 11.1 0.0 3.1 0.0
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -2.9 05:44
最高気温(℃) 12.6 15:16
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
9.2(南) 16:00
※19時現在

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田島ヶ原桜草は嘘が充満 第一章
13/01/31(木)  17:35更新

この小論文を立てる気になったのは下記のメールからです  
   
----- Original Message -----
From: ns  To: sakuraso@jcom.home.ne.jp
Sent: Wednesday, January 30, 2013 10:21 AM
Subject: NSと申します。

前略。

本日の午前中に田島ヶ原にて御話しをさせて頂きましたNSと申します。
大変失礼ながら,傍らにて御話しを聞かせて頂きまして,不躾では有りましたが,御声を掛けさせて頂きました。
本日まで,田島ヶ原のボランティアの方々の御話しを参考にしておりましたが,貴殿の御話しに共鳴し,今までの間違っていた説を子供達に話してしまった事を,非常に悔いております。

此の先,また御時間を頂き,そして御話しをさせて頂ければ,子供達に正しい知識を教えてあげられる,,その様に思いましたので,またの御教授を宜しく御願い申し上げます。

仕事が交代勤務ですので,中々PCを開く事がままなりませんので,御返信等遅れる事が多々有るかと思いますが,どうか御容赦願います。

NSさんは 自宅で鉢栽培や休みの合間を利用して各地参りをしているとのこと 知識や現実を踏まえないボランティアらの出鱈目論を聞かされたとはね 駆け足で語気強く語りはしたが それよりも証拠を添えた論文がお子さんへの啓もうに良かろうかと立ち上げました
            
平成の暴論

国立科学博物館ニュース第277号 15頁
 (平成4年4月20日発行=1992=)

加藤克己(新潟大学助教授 理学博士 1999年現在)       
上記資料は 平成十三年四月に浦和市としての最後の担当官から送られた資料の一部です 画面右側がインチキ論の出発点です

二つ星の中にある鷲谷いずみは何者で田島ヶ原のサクラソウとはいかなる関係か 旧浦和市が国の特別天然記念物指定70周年論文集(以下論文集と言う)を刊行するにあたって 蕨高校教諭の磯田洋二という委託研究員では箔がつかない理由(青木の想像)から 筑波大学の生井兵冶らに1986〜1989の三年間にわたって調査を依頼していた このグループの中に鷲谷いずみ博士がいた 鷲谷は編集員でもある

平成十三年の四月に膨大な資料をいただきながら 己の下手糞な文書は見せるのに 己は本とかは見ない 理由は 嘘が闊歩しているからでした

前の年に 自生地の基礎を三十年にわたって作り上げた功労者の青木儀修さんから アカデミーらの出鱈目ぶりのぼやきを聞かされた内容を調べていたが 資料がないために息詰まっていた その時 送られた資料を思い出して封を切ったら上記資料が真っ先に目に止った
  
加藤克己氏に語った鷲谷説が学会に伝播され 正論として闊歩していた 朝日新聞社まで採用していたが私の抗議で現在は差し替えている

本当に種はできないのか 種とはどういう形をしているか 三年間の調査とノウルシ除去作業に参加しながら知らないはずはありません
             
以上がサクラソウの種です 草藪をかき分けて捜し出したものでありません 観覧路の両脇の柵の真下にあるものです

ところが 鷲谷本人の記述は 探し下手ゆえに見つからなかった     

ここで取り上げている2005年4月30日に自生地で 高学年女子小学生とそのお父さんが何かを探している

でしゃばりの私が声をかけた さいたま市の小学五年生 五年の国語にサクラソウがあって現地で勉強しに来ているとのことだった

タイトルは トラマルハナバチとサクラソウという 著者の名前は記憶していなかった

そこで さいたま市の指定書店に飛ぶとありました

光村図書 国語D 上 銀河 平成17年2月5日発行
サクラソウとトラマルハナバチ 著者 鷲谷いずみ 26頁〜

――数十年前までは、日本各地に野生のサクラソウの群落地があり――ところが、野原や林が牧場や畑やゴルフ場に変えられて行くにつれて、だんだんそのすがたが少なくなってきました。なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままでは、絶滅が心配されます。   

よくまあこれだけの大ウソがつけるものですね                      
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです この言いだしっぺは鷲谷いずみ しかも この時は東大教授の座におったのです 
もっと重要なのは光村図書をさかのぼること七年前に著者 鷲谷いずみの本を光村図書の後で発見する

地人書館 サクラソウの目 1998年3月22日初版 著者 鷲谷いずみ
プロローグ 11頁11行より12頁14行

――今から10年ほど前、1987年頃であっただろうか。サクラソウの研究を始めて間もない私は、埼玉県浦和市の田島ヶ原を研究フィールドにしていた――

光村図書の七年前に地人書館で1987年頃であっただろうか。サクラソウの研究を始めて間もない私は、埼玉県浦和市の田島ヶ原を研究フィールドにしていたとプロローグに書いている          
     

本人は加藤克己氏に語ったのが反論されずに正論として定着したことから嘘の上塗り名人に進化したと言える

そして インチキと現実が振り分けられなかったゆえに――なんとかサクラソウを守ろうと、人間が世話をしている所もありますが、そこでは、
なぜか花がさいてもタネが実らないというのです。このままでは、絶滅が心配されます――

  
光村図書で伝聞にしたのは地人書館以後に私が各出版社に問い合わせや抗議をしているのは耳に入っただろう

自分から光村図書に売り込んだのか 或いは持ちかけられたのか どっちにしても私の存在が大きすぎて邪魔だから インチキに富んだ鷲谷は伝聞と言う小賢しい手を使ったのだ

確かな筋からの情報によれば 私は言った覚えはない 先方(加藤克己氏)が私の名前を使ったのだ と言ってるそうです 加藤克己氏はどう取るかね

その所為なのか このインチキ女をさいたま市教育委員会は未だに
保存管理計画策定委員に据えている
そして 保護課は加藤克己氏が勝手に鷲谷の名を使ったという言い分を信用したのでしょう 地人書館のサクラソウの目 の――自生地は、国の特別天然記念物に指定されており――立ち入りを禁じられた保護区の柵の中で咲く。――花の時期に調査していると、柵の中におばあさんが正座してじっとサクラソウを眺めてる。――有得ない出鱈目をプロローグに記している内容も正当化させたのか 私の指摘に現担当官らは一様に鷲谷さんは北海道が研究フィルドで ここの話ではないと言い張っていた

教育というポジションにいる連中は 学識経験者であれば内容が出鱈目でも奉るようだ 三年にわたる論文集の調査員と論文集の編集員がこれだけのインチキ論を2005年から 無学の私に指摘されても鷲谷を擁護するようだ
  
なお 六人の保存管理計画策定委員のうちの三人は知っている
インチキの名手鷲谷いずみ東大教授
糞も味噌も見分けられない磯田洋二
平成十四年では机上空論の佐々木寧
他の三人は知らないが似たり寄ったりだろうと思う

天然記念物を語るには挙証責任を伴わないのは全て信用はできません
 
2013年01月31日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 1.7 0.0 北北東 2.1
2 1.7 0.0 北東 2.3
3 1.6 0.0 北東 2.5
4 0.6 0.0 北東 1.9 0.0
5 0.3 0.0 北東 1.7 0.0
6 -0.8 0.0 1.3 0.0
7 -2.0 0.0 北北西 1.3 0.1
8 -0.8 0.0 北北西 1.0 0.4
9 1.5 0.0 西北西 1.7 1.0
10 4.0 0.0 北北西 1.1 1.0
11 5.2 0.0 西北西 1.6 1.0
12 6.7 0.0 北西 1.7 1.0
13 7.0 0.0 北北西 1.2 1.0
14 8.1 0.0 東北東 1.1 1.0
15 8.5 0.0 南西 1.0 1.0
16 8.8 0.0 南南西 1.8 1.0
17 7.9 0.0 南南東 0.6 0.8
気象庁より
データ 時刻
最低気温(℃) -2.6 06:26
最高気温(℃) 9.3 15:12
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
4.7(北東) 02:05
※17時現在
御殿場ライブカメラより
三ッ峠ライブカメラより
忍野富士ライブカメラより
善光寺ライブカメラより
野焼の契約は焼くだけの契約であったそうです ところが再開初回では40cm前後の焼けぼっ杭が残って 業者さんがたまりかねてサービスで刈った 勘違いした保護課は以後も整理が付随する契約と錯覚した

昨年の野焼で社長からそれを聞いて 野尻元課長補佐さんに話すと
 本来はどこまでが契約かをはっきりさせるべきだったんですね
ところが 野尻さんが三月をもって移動してしまった

この作業は 業者さんの善意に頼ってはだめですね 国の特別天然記念物の開花準備作業は決して予算云々するべきではないと肝に銘じられよ

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