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自然の四方山話 5月(後)

 5月(後)の目次 
 終活わが生涯を振り返る第六話 
 68ミリの雨の痕跡は何処にもない 
 終活わが生涯を振り返る第10話 
 終活わが生涯を振り返る第13話 
 終活わが生涯を振り返る第七話 
 終活わが生涯を振り返る第九話 
 終活わが生涯を振り返る第11話 
 四日ぶりの自転車走行で転んだ 
 終活わが生涯を振り返る第八話 
 今シーズン第一回の真夏日です 
 終活わが生涯を振り返る第12話 
 自生地では初夏の花が咲いたよ 
    

自生地では初夏の花が咲いたよ
19/05/31(金)  13:15更新

2019年05月31日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 20.7 0.0 3.0  
2 20.5 0.0 南南東 2.2  
3 20.1 0.0 2.1  
4 19.9 0.0 2.1 0.0
5 19.9 0.0 1.6 0.0
6 20.6 0.0 南南西 2.0 0.2
7 21.3 0.0 3.1 0.2
8 22.4 0.0 南南西 3.9 0.1
9 22.9 0.0 南南西 4.3 0.2
10 23.8 0.0 2.3 0.1
11 23.9 0.0 南南西 3.4 0.3
12 23.6 0.0 5.4 0.0
13 24.0 0.0 南南西 4.7 0.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 19.4 04:52
最高気温(℃) 24.7 10:18
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
10.1(南) 11:51
※13時現在
 
史上初の真夏日の連続の五月が終ります 猛暑は昨年同様に続くのでしょうか
 
今日は無意識の良い寝付け方だったのか 腰痛はなかった
 
自転車道の昇降口でナワシロイチゴがかたまっていた 自生地内は 何故か 作業員らが抜き取っていたので 何処にもなかった
 
オカトラノオ ノビル クララ クララだけは一ヶ所にだけしかなかった 美味しいのか ミツバチが吸蜜していた 日一日と楽しませてくれるのが楽しみです
 
出かける前に塩を舐め忘れたために 貧血症による立ち眩み(熱中症の手前)の連続だったので早めに帰路についた

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四日ぶりの自転車走行で転んだ
19/05/30(木)  17:22更新

2019年05月30日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 18.2 0.0 西南西 1.6  
2 18.3 0.0 北西 1.2  
3 17.0 0.0 北北西 1.9  
4 16.1 0.0 北北西 1.6 0.0
5 15.7 0.0 0.9 0.1
6 16.9 0.0 北西 1.0 1.0
7 18.0 0.0 北北西 1.8 1.0
8 19.7 0.0 西 1.2 1.0
9 21.7 0.0 南西 1.0 1.0
10 22.4 0.0 1.0 1.0
11 24.0 0.0 西南西 1.4 1.0
12 24.7 0.0 南東 2.8 0.8
13 24.9 0.0 南南東 2.9 0.3
14 25.6 0.0 南南東 4.5 0.6
15 25.3 0.0 3.8 0.9
16 24.7 0.0 南南西 6.6 1.0
17 23.8 0.0 4.8 1.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 15.3 04:56
最高気温(℃) 26.6 14:12
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
10.4(南南西) 16:53
※17時現在
 
背骨がS字型になっているので 寝返りを打つと 朝起きたときには激しい腰痛になる この流れから 右足にも激痛が起こり100mも歩けない
 
今朝はその兆候が激しい上に 四日ぶりの自転車で止まっていても 立つのもままならない それで 昭和水田の4mの舗装道路で 止まって辺りを見回していると右に倒れた
 
帰宅してだいぶ経ってから右ひざがケガしていて 血がにじんでいるのに気が付いた この年で骨が頑丈なのかヒビや骨折もしていない
 
今日の目的は 7km先の昭和水田へ アゼムシロ会いに行った 残念ながら まだでした 一万二百歩でした 初めての距離です
 
今日も頓馬しちゃった 何処を触ったのか 画像に日時が入らなかった これは 大事な日々の証拠ですからね 認知症が勝って 直すこともできなかった
 
今日は昭和水田だけにし 明日のために自生地は残しました

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終活わが生涯を振り返る第13話
19/05/29(水)  11:55更新

十月半ばを過ぎたころ 厚木基地から西を見ると 頭のてっぺんだけが白い富士山が見え出した
 
ここで基礎訓練が終って 本格的な飛行訓練に入るというが 訓練は各地の航空基地に分散される

私は 当時の呉市の手前の広町にある水上航空隊だった 台湾の戦友が五人 内地人は六人 台湾の戦友の日本名吉田がハキハキしていた そして吉田は私にすり寄って離れない
 
ある時 私が大好きな歌謡曲「裏町人生」の鼻歌を始めると 吉田が泣き出していた
 
この曲が出たのが 昭和12年 大流行でした ところが 吉田の母がこの年に亡くなっていたという そのために この歌は彼に泣くことを要求する歌だった そこで 私は吉田をいじめだした
 
暇さえあれば「裏町人生」の鼻歌 吉田は間違いなく泣き出す 楽しかったね こういういじめは犯罪ではないと思う
 
水上航空隊の飛行機は 水上を滑るために車輪はなく船のような下駄をはき 翼は 複葉でした 座席は前後二席 訓練生は前席 後席は教官 飛ばすのは教官 ある一定の高度に上ると 急降下する
 
急降下操作は訓練生が教官の指示で操作し ある目標に急降下する ところが ぷきっちょな私は 飛行機がなんで飛ぶのかがわからないと 何もできない 戦友たちは 言われたとおりにするだけだから 覚えが早い
 
ついに 私は自動車部隊に追いやられてしまった
 
自動車部隊では 単独ながら受け入れてくれて 車はなんで走るかを先に説明された
 
こうなると勘の良い私は十日間で ベテラン並みの腕前になり 教官をびっくりさせた 教官は ついでに自動二輪もやれと 基本から徹底的に鍛えられた
 
自動二輪て不思議ですね 車体が45度に傾いても 人体が水平に対して垂直であれば 倒れないのでした
 
さらに 海軍であっても 車の運転は 戦地で敵に出会ったとか 囲まれたとかに対応する技術も教わる その上
 人間様を運ぶ車は 何時発進したか 停止したかを
 感じさせない運転をしろ
 
 車の運転は飯を食うのと同じだ
 
航空隊では教えない分野も叩き込まれた 覚えが早いので二十日ほどで「運転証明書」を渡され 本隊に戻された
 
つづく
 
2019年05月29日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 20.5 0.0 4.7  
2 20.7 0.0 4.3  
3 20.0 0.0 南南東 4.7  
4 19.9 0.0 4.0 0.0
5 18.9 0.5 南南西 3.3 0.0
6 19.5 0.0 2.0 0.0
7 19.7 0.0 西北西 1.3 0.0
8 20.4 0.0 北西 1.9 0.0
9 21.5 0.0 北北西 4.5 0.0
10 22.6 0.0 北北西 4.9 0.1
11 23.2 0.0 北北西 4.9 0.6
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 18.8 05:19
最高気温(℃) 23.4 10:47
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
11.8(南) 01:13
※11時現在
 
僅か 0,5ですが 河川敷では潤いの散水だったでしょう しかし 私は今日もさぼりました
 
我が家の ツツジは例年 周りよりも一ヶ月遅れで咲きます 今日は満開です

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終活わが生涯を振り返る第12話
19/05/28(火)  11:17更新

昭和18年3月に後二年を端折って旧制中学を卒業する 入隊の連絡はまだない 五学級で 各学級ごとに三人合格していたが寮生活は認めてくれた
 
四人の援助者たちに報告したが 四人とも眉をひそめていた 父親を応援するぐらいですから軍国主義を敬遠するんでしょう
 
援助は打ち切られたので まずいのは承知でバス会社の車掌の応募に行くと 見事に採用された
 
当時は録音機はないので 車掌が一々停留所を案内する 私には楽なことでした
 
入隊連絡がやっと着く バス会社には悪いことをしてしまいました 同年六月二十日に入隊通知書をもって 小田急線大和駅前に集合 そして 厚木基地に入隊する 同二十九日に台湾からの志願兵も合流する 私以外は 皆家族がついていた 秘密というのに
 
ここでは 飛行訓練があると思ったが 軍人としての基礎訓練が主であった 四列縦隊の駆け足訓練 ばったり倒れる貧血症が再発 隊列から外れてしゃがみ込んだ
 
意識がもうろうとしているが 教官が怒鳴り込んできた
 心臓が弱いんです
そう訴えると教官は
 馬鹿ヤロウ 一大隊で列からはみ出したのは貴様だけだ
 貴様の心臓は弱くない
事情を話すと受け入れてくれて 塩はないが 水だけは供給してくれた 以後は必ず塩と水を飲んでから訓練に参加させてくれた
 
にもかかわらず 暴力的訓練が続く 特に酷いのは 異国の天皇のために命を捧げに来ている台湾人らを 教官らは「チャンコロ」と怒鳴る これは漢族への蔑視語です
 
銃剣術の訓練があった 木銃の構え方を教え 教官が木銃をもって一人一人の構え方を点検する
 
一番端の私の前では ピタッと動かない
 貴様 習っていたのか
といわれるが 覚えはない ただし 四、五歳ころ たまにいる父親から棒術を習っていたのと 生まれつきの勘の良さから隙を与えなかったようだ
 
と 教官が木銃を動かした 私は瞬発的に外し 教官の喉元に木銃の先端を突きつけた 教官が叫んだ
 貴様は初段だ
 
私らは人殺しの材料ですから 毎日がその訓練でした 毎日一回はやらされる暴力があった
 
二列横隊 向かい合わせる そこで相手にピンタを張る 手を緩めると教官から死ぬほどのピンタを食らう それゆえ 全員が手抜きなしで張り合うのだ
 
ここで 私の頭の中で おかしい 神様が本当に存在するのであれば こんな暴力はなかんぺぇ 戦争で殺し合うとは 神様がいない証だと さっさとクリスチャンをやめた 本来なら私で四代目
 
つづく
 
2019年05月28日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 23.6 0.0 1.2  
2 23.4 0.0 南南東 0.7  
3 22.1 0.0 1.1  
4 22.4 0.0 南南西 0.8 0.0
5 20.8 0.0 南南西 0.6 0.0
6 22.7 0.0 東南東 0.5 0.0
7 24.6 0.0 南南西 0.9 0.1
8 26.6 0.0 南南西 2.5 0.4
9 26.9 0.0 南南西 3.7 0.1
10 26.4 0.0 南南西 3.7 0.1
11 27.0 0.0 南南西 4.4 0.1
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 20.4 04:58
最高気温(℃) 27.1 08:59
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
8.8(南) 10:29
※11時現在
アメダスで見えるように にわか雨が目の前なので今日もさぼりました こんなことしていたら老体がさらに衰えていくね 頭の中は こんなこと書いているんですから何とか助かっていますがね
 
この時間 昨日より三度低いので助かっています
  
我が家の眉毛よりも狭い庭の今日の様子です

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終活わが生涯を振り返る第11話
19/05/27(月)  11:25更新

思い出は尽きないのですが 思い出せない
 
転校した学校では 担任をはじめ 他の先生方も教養の元を注入して頂いた いよいよ卒業でした
 
そこへ 四人の後見人だった方々から 中学に入るよう勧められ もう暴力は止まっていたが 弟の件もあって私は体のいい家出として受け入れました
 
懐かしい元の市で 寮生活です 全額援助ですので 私はおとなしく無駄使いしない生活に終始する
 
中学では 大東亜戦争に突入 学科よりも軍事訓練が中心でした 当時の中学は五年制でした 思い出すほどの事件やものごとはないのか 記憶がない
 
三年生の二学期の十月に 学校から 海軍航空特攻隊に志願しろと指示が出た すべて秘密 家族にも言うなであった 私は大喜びでハイした 天皇陛下のために命をささげられるとは こんな名誉な話は無いとね 教育とは恐ろしいものです
 
試験場は航空基地でした 学科は98点 ながらデング熱で39度もあった 私は 熱に強く 39度では支障は起きない しかし 周りは 特に 今日の海軍の試験では 三人の軍医が首をかしげていた
 
その中の一人の軍医さんが
 98点は超優秀ではないか 熱はやがて下がるんだから
 合格にしましょう
 
他の軍医さんも賛成し 面接室に通された
 
面接官は 航空基地の総大将 大きなテーブルの向こうに座り
 太平洋戦争はなんで始まっのか
これは 私の得意中の得意分野ですので堂々と答えた 総大将はうなずき
 君は 自分の長所と短所を知ってるか
私はとっさに 知りませんと答えた 総大将は
 知らん? 親や学校の先生や学友らに云われるだろう
私は返しました
 それは知っています でも 自分では納得できません
 それゆえ 海軍を選んだのであります
と挙手の礼をする 総大将は即座に
 その挙手は陸軍のだ 海軍は45度 よし 合格だ
 
私の瞬発的な 今でいう パフォーマンスで合格をもぎ取った
  
 つづく

2019年05月27日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 21.2 0.0 北北西 1.0  
2 20.0 0.0 西北西 0.4  
3 19.5 0.0 静穏 0.2  
4 18.9 0.0 西南西 1.5 0.0
5 18.8 0.0 南西 0.3 0.1
6 20.5 0.0 北北西 1.0 1.0
7 22.7 0.0 北北西 2.1 1.0
8 24.4 0.0 西北西 2.3 1.0
9 26.2 0.0 西北西 1.7 1.0
10 28.4 0.0 北西 1.4 1.0
11 30.3 0.0 南西 1.9 1.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 18.5 03:42
最高気温(℃) 30.3 11:00
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
3.9(北西) 08:14
※11時現在
 
今日も寝坊 目が覚めたのが九時前だった それでさぼりました
 
昨日は瞬間的ですが34℃に到着 現在までのところ 気温の推移は昨日とほぼ同じですね
 
不思議なことがあります 昨年まではクーラーなしでは過ごせなかったが 今年の めったに無い五月の猛暑は なぜか クーラーなしで過ごせています
 
明けた窓から流れ込む風が気持ちいい 夫婦共にです 多分 超高齢ゆえに体温が低いので 猛暑にも耐えられている のでしょうね 電気代が節約できて助かります

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終活わが生涯を振り返る第十話
19/05/25(土)  11:31更新

この話は小学一年生のころの話です
 
珍しく父親がずっと在宅していました そして市内の夜市に例の目薬の販売です スタッフは無声映画の 手動映写機を操作していた技師でした あの無声映画の上映はやめていたようでした
 
ある時 日中に父親がマジシャン師匠を雇い 難しい技を教わっていました 内容は 半紙大に直径40cmほどの板にいくつかの枠に仕分け それぞれに地名を書き という絵を描いて 札があって 後は忘れましたが
 
大変厄介な仕組みなので マジシャンの師匠が帰った後も 天才の父親も覚えられないで嘆いていました それを私はとっさに閃いて簡単にしました
 
丸い板はそのまま それを六枠に仕分け ひと枠内に六つの地名を入れ 札も六枚 各札にそれぞれに地名を各枠から一つだけ取り入れて六つ書き込む 当てはまる地名は 文字のどこかを跳ねるようにし 跳ねたのを見て言い当てる こうしたらどうですかと父親に勧めた
 
父親は大喜びで 急いで制作し 翌日の夜市で私にやらせた 小学一年生の凄い発案で 言い当てていると自慢する お客さん達が大騒ぎになって時間いっぱい大繁盛でした
 
この話から何年経った時なのか 母親と街中へ出かけたときに 映画館の前をよぎった時 映写室が一階の道路側にあってオートなのか 映写技師が 暑いのか道路側に椅子を出して座っていた
 
その映写技師が元スタッフだった
  
つづく
 
2019年05月25日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 18.9 0.0 西北西 1.7  
2 16.8 0.0 西 0.7  
3 16.1 0.0 西 0.9  
4 16.5 0.0 北西 1.4 0.0
5 16.0 0.0 西北西 1.1 0.1
6 17.6 0.0 西北西 1.3 1.0
7 19.2 0.0 西北西 0.8 1.0
8 21.3 0.0 西北西 1.0 1.0
9 24.0 0.0 西 0.7 1.0
10 26.1 0.0 北北西 0.8 1.0
11 28.7 0.0 東南東 1.3 1.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 15.5 05:13
最高気温(℃) 28.8 10:59
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
3.1(東) 10:52
※11時現在
 
今日は 猛暑日の手前まで行く予報 何もないからさぼりました
忍野富士ライブカメラより
明日は休みます

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今シーズン第一回の真夏日です
19/05/24(金)  14:18更新

2019年05月24日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 19.0 0.0 北北東 1.1  
2 17.0 0.0 西北西 1.6  
3 15.8 0.0 北西 1.6  
4 15.2 0.0 北西 1.3 0.0
5 14.1 0.0 西 0.7 0.0
6 16.1 0.0 北北西 1.3 0.9
7 18.1 0.0 北西 1.8 1.0
8 20.2 0.0 北西 1.7 1.0
9 22.2 0.0 北西 1.9 1.0
10 24.4 0.0 西 1.3 1.0
11 26.4 0.0 西北西 1.4 1.0
12 28.4 0.0 北北西 4.5 1.0
13 29.2 0.0 北北西 3.9 1.0
14 29.6 0.0 北北西 4.5 1.0
15 30.2 0.0 北北西 2.9 1.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 14.0 04:59
最高気温(℃) 30.2 15:00
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
9.6(北) 12:25
※15時現在
 
予報どおり 真夏日です こうなる前に出かけてよかった
 
この時期は何もないので 荒川の風景を主にしました やはり異常気象ですかね 昨年は一年中 荒川左岸土手ではアカツメクサが賑わっていたが 今年は早くも枯れだしていた
 
秋ヶ瀬取水堰付近で何かの工事をしている
さった峠ライブカメラより

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終活わが生涯を振り返る第九話
19/05/23(木)  12:30更新

ここまで書いてきた内容のすべてが 私の頭で考えてから対応したものはなく 瞬発的なアドリブでした この性格を担任は見抜いて育てようとしたのかも知れません 現在では当時を思い出すのは困難です 女児学友二人との愛の問題もあり 初めて 町を離れた遠足的な時も凄いことをしでかしているが 内容が思い出せない
 
とも角 五年の二学期に転校して 担任の先生が六年生まで受け持って頂いて 私の才能を引き出す教育は 価値観の何かを与えて頂いたと現在も忘れることはありません
 
次は書き落としたことに戻ります
 
クリスチャンですので 家にいるときは三食とも礼拝してから食事です 昼食は学校ですが 隠れて「お祈り」だけにしていました
 
小学校に入る前の年のクリスマスは教会で過ごしました
 
牧師さんは有名な外科医で 大きな病院を持っていました 教会は院長自宅の庭の一角にあって 正面にお城のような二階建の洋館 右側に本妻宅 左側がメカケ宅 クリスチャンでは教義に違反ですが 当時は大丈夫だったのかな
 
教会での礼拝に子供は私だけでした やはり何かを見抜かれたのか 牧師さんが賛美歌を歌い 私が躍る との記憶です
 
翌年のクリスマスでは 九十九匹の羊は にするので踊りは君の好きなようにしてね ということになりました     
 
百匹の羊の放牧を 牧舎に戻ったところ一匹足りない 飼い主(主・キリスト)は 迷った羊探しに山間部に戻る
 
♪主よ 山道をたどる血潮は何ぞ み手の傷はなにゆえ♪
 
この部分で私が転ぶ 着ている服は中東にふさわしいようにユカタを合わさずに 帯で締め 転んだ時に 私の左ひざ辺りから血が流れだす
 
教会内では 一斉に驚きの声が上がった あらかじめ 脱脂綿にアカチンキをたらし 紐で内側に結わえておいた 転んだ瞬間に脱脂綿を押す 染みていたアカチンキが流れ出す仕組みでした
 
これらを小学一年の私が考案し実行したのでした  
  
 つづく

2019年05月23日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 15.5 0.0 北西 1.1  
2 14.9 0.0 北西 1.3  
3 14.2 0.0 北北西 1.7  
4 13.8 0.0 西 0.5 0.0
5 13.4 0.0 西北西 1.9 0.0
6 14.7 0.0 北北西 0.9 0.5
7 16.9 0.0 西北西 1.0 1.0
8 20.0 0.0 北西 2.5 1.0
9 21.9 0.0 西北西 2.8 1.0
10 23.6 0.0 東北東 2.5 1.0
11 24.0 0.0] × × 0.4]
12 24.7 0.0 東南東 2.6 1.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 13.3) 05:00
最高気温(℃) 25.3) 11:53
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
5.1)(東南東)) 11:55
※12時現在
 
今日はもう夏日です 昨日の様子から何もないのでさぼりました 我が家の野草と植木でお茶です
気象庁より 

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68㎜の雨の痕跡は何処にもない
19/05/22(水)  16:43更新

2019年05月22日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 16.1 0.0 北北東 1.8  
2 16.3 0.0 北北東 1.2  
3 15.7 0.0 2.0  
4 15.6 0.0 東南東 0.8 0.0
5 15.3 0.0 東南東 2.8 0.0
6 15.7 0.0 東南東 1.6 0.0
7 16.7 0.0 東南東 2.2 0.4
8 18.4 0.0 東北東 2.5 0.8
9 19.4 0.0 東北東 1.6 0.8
10 20.5 0.0 北東 1.4 0.9
11 21.9 0.0 西北西 0.8 0.9
12 22.6 0.0 北西 2.3 0.8
13 23.2 0.0 西南西 1.4 0.6
14 24.6 0.0 南東 1.5 0.9
15 24.2 0.0 西南西 0.8 0.6
16 24.4 0.0 東南東 3.0 0.3
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 15.2 05:12
最高気温(℃) 24.9 14:31
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
6.4(東南東) 15:53
※16時現在
 
昨日の一日中の降雨量は 気象庁発表データを合算すると68㎜ これだけ降ったら あちこちに水たまりが出るものと 探しに出かけるも 何処にも痕跡はなかった
 
アメダスの設置位置から北側は発表どおりだろうが 南側はそこまで降らなかったという事でしょう
 
夕方のニュースでは さいたま市新都心駅前の道路が冠水している画像が流れていた アメダスの位置から 与野 大宮までの中山道中心に降ったかもしれません
 
今朝は 我が玄関の上り端のシロバナツユクサが大小二輪咲いていた   

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終活わが生涯を振り返る第八話
19/05/21(火)  11:30更新

転校先の学校では 歴史上 鳴かず飛ばずだった 何もかも器用で賢そうに見える私の影響で 担任は 相撲 徒競走 野球などを積極的に取り入れた
 
相撲と徒競走は県大会に出られた
 
足が速い私を担任はどうしても新記録を出させたかったのか 力を入れていたが しばらく引っ込んでいた 貧血症によるばったり倒れる癖がまた出ていた
 
役に立たないので 担任は私を外に出さないようにして半月後 塩を舐めろ 小さじ半分ほどの塩を口に入れると 一升瓶に水が半分を入れたのを全部飲まされた
 
三十分ほどたったら 走ってみろと 倒れずに走れた 半ヶ月間 担任は色々調べたのでしょう これは現在も毎日利用しています
   
県大会に出られたが勝てなかった
 
野球は 担任が強引にしたもので 私をピッチャーにした 好い時もあるが ほとんどが暴投だった そこで三塁手にされたが 一塁への投球は常に行先を球に聞けでした 器用な私なら何でもこなせると担任が錯覚したのでしょう
 
ある日 何かをミスったのか担任にどやされた 言訳を始めると
 日本男児は言い訳しない!
ぱしっとびんたを一発喰らった 暴力をふるうことがない先生でしたがね 多分 この一発が私に必要だったのかもしれない おかげで後の人生で言い訳をすることはなかった 知らない方は潔いというのだがね
 
担任から五組の先生に会ってこいと指示され 訪ねると
 今度の日曜日の午後に青年学級があって出席してくれ
ということで承諾しました
 
当時は ほとんどが小学生でお終い 全体が貧しい時代ですから 上級校に進学は出来なかった 勉強したい子もたくさんいたのでしょう その子たちを救うための青年学級だったようです
 
当時の私は 算数以外は抜群でしたが 算数は 甲乙丙丁時代の丙から上に行ったことはなかった ところが 担任に鍛えられた所為か 分数だけは抜群でした
 
その日の青年学級は 分数が主体だったために私が参加するよう命じられたようです
 
黒板に書かれた内容を誰も解けなかった 先生が私のノートを見て 君が説明してくれ そこで私が 黒板に書き込みながら解説しました 小学六年生ですよ
 
分数を含めて算数の現在もダメです 感は良いのですがね
  
つづく
 
2019年05月21日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 19.4 0.0 南南東 3.3  
2 19.0 0.5 南東 4.0  
3 19.0 2.0 南東 4.6  
4 19.2 1.0 南東 5.1 0.0
5 19.3 1.0 南東 4.1 0.0
6 19.4 1.5 東南東 4.3 0.0
7 19.5 3.5 東南東 4.0 0.0
8 19.8 5.0 東南東 3.9 0.0
9 20.8 1.5 南南東 5.3 0.0
10 21.0 3.0 南南東 7.3 0.0
11 21.2 4.5 南南東 5.5 0.0
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 18.8 02:34
最高気温(℃) 21.2 11:00
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
15.7(南) 09:57
※11時現在
 
今日は言い訳なしに堂々とさぼれます 200ミリの予報でしたが さいたま市はまたも避けられました
気象庁より

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終活わが生涯を振り返る第七話
19/05/20(月)  10:41更新

奉仕作業騒ぎ後に 担任は奇策を講じた 級長(男児)副級長(女児)があるのに 私をその上の「学級長」に据え 全ての活動は私の意のままにさせた
 
そこで私は 奉仕班を立ち上げ 参加は自由にした 校庭から官舎に至る区域は何もないので 学友らのほとんどが農業に詳しいので 彼らの力で花畑や 野菜畑を作り 毎日参加者全員で管理作業をしていた
 
ここまで来ると 十一人の女児のうち三人が参加した これも不思議です 三人とも街中に居住している 農家の女児らは参加しなかった 農家出は社交性がないのであろう
 
時間が立つのは早いもので 早や 六年生の卒業式です 担任を見ると 黒い服に白手袋姿ですが 手袋の指に穴が開いていた
 
私はとっさに 父親の持ち物の中に未使用の白手袋を思い出し 自宅まで1km未満なので間に合うと飛んで帰り 母親に理由を話し 出してもらい 学校に飛んで戻った
 
式場に入ろうとしていた担任に手袋を渡す 担任は 一言「ありがと」だった
 
ついに 六年生になった 一学期の半分を過ぎたころ 放課後にいつものように奉仕作業をしていた
 
そこへ 例の三人組が官舎側から入り込んだ 学校内への通り抜けは禁止なので 私は両手を広げ
 一般の人は通れないから 通りに沿って行ってください
しかし 何時も「このゴロツキ野郎」を叫ぶ 三人組のボスが
 このゴロツキ野郎
と叫んだ ちょうど百回目だった
 
今日で百回目だ 許さん と叫び 手に持った農作業道具を近くに投げ捨て 一歩踏み出した
 
しかし 相手の方が早かった 横殴りだ 私はとっさにしゃがむ 相手のこぶしが頭上を空回り と同時に体も反転 背中が見えた 相手のウエストに両手を当て 流れを利用して持ち上げ しゃがんでいる私の膝に尾骶骨を振り落とした
 
悪ガキボスは悲鳴を上げた この様子を 官舎から教員室に戻る校長が見ていて
 貴様 先輩に暴力を振るとは何事か
と筋違いの処理をした
 
悪ガキどもを通りから行かせた上で 私を教員室に入れた 各学年の六人の先生がテーブルに向かっていた その真ん前に立たされた
 
六人の先生たちはそれぞれが心配して 上目遣いで私を見ていた 三十分経ったころ 校長が
 反省できたか
と問いてきた 私は即座に
 すっきりしました ああ気持ちいい
と その理由を告げた すると なんと校長が
 それでこそ日本男児だ
と叫んだ 先生方も一斉に拍手してくれました
 
つづく
 
2019年05月20日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 17.3 0.0 南南東 0.5  
2 15.8 0.0 0.3  
3 16.4 0.0 東南東 1.0  
4 15.8 0.0 0.5 0.0
5 17.1 0.0 東北東 1.0 0.0
6 18.4 0.0 東南東 1.5 0.1
7 20.5 0.0 南南東 2.3 0.5
8 19.8 0.0 西 1.9 0.5
9 21.3 0.0 南南東 2.5 0.1
10 22.0 0.0 南南東 2.3 0.3
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 15.7 04:01
最高気温(℃) 22.9 09:31
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
7.8(南東) 09:44
※10時現在
 
93歳ともなると 小休止した後は出不精になる 無理して出たいがその気がわかない
 
過去ログを調べていると この時期ではシロバナツユクサが載っていた そこで玄関前に出ると一輪咲いていた これは今日が最初なのか または 二、三日前から咲いていたのか 不勉強この上ないですね 
今年もまた ピンク露草の種を蒔き忘れた 願わくはドア前のピンクです 咲いてくれるかな?

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終活わが生涯を振り返る第六話
19/05/18(土)  10:22更新

父親が憲兵隊に拉致された以後 母親の暴力がなくなった
 
父親を応援していた四人の富豪が わが親子の生活の面倒を輪番制で見ることになっていた
 
しかし 母親はそれを断っていた 恥をかかさせないために八月末に山間部の小さな町に引っ越した
 
母親がここを選んだ理由は不明 会ったことがある若いおばさんが二人いた 一人は尼寺の尼さんに もう一人は キリスト教会に勤めていた 電話が一般的でない時代に どのような方法で連絡を取り合っていたのか 今 思い出すと不思議です
 
住まいも決まっていた 転校手続きも済んでいた その学校は 一学年一学級の男女共学だった
 
転居してから 今でいう高校二年ぐらいの三人組にいじめられていた 勿論 あの時代ですから三人組は農業の手伝いをしていたようだった
 
この日 うちの前で 三人組と出会った
 このゴロツキ野郎
毎度そういう言い方でした
 
私の性格は 生まれつきの喧嘩太郎 小学五年生だが相手にしようと立ち向かった 武術といえるのは 四、五歳ころ たまに戻った父親から棒術を教わっていた その上 超敏捷 誰も私の体に触れることはできない
 
騒ぎを知った母親が飛び出してきて
 我慢しろ
と 私を抑えた 抵抗できないので 心の中で よーし 百回目になったら叩き潰すぞ 決め込んで我慢した
 
誠に不思議ですね 学友からのいじめはないのに あの三人組にいじめられるとはね
 
学友の中でいじめられているのは二人いた ひとりは精神未熟児? 天皇陛下万歳を「エンノーエンカ」と発音する 何を喋ってもこの調子 故にいじられるのだ しかし この子は 苦にならないのか いつも笑顔だ
 
もう一人は床屋の息子 継母 そして父親が死に 継母が再婚して両親ともに 継母 継父ゆえにいじられていた
 
社交性に富んでいる私は 床屋の息子に声を掛け 一緒に遊んであげた 相撲を取ったり 立ち幅跳びなどをして遊んであげていた
 
やがて 腰が強い いじめっ子もどきも一緒に相撲とったり遊んだりするようになり やがて学級の男子全員が遊ぶようになった
 
このことから 担任が私を利用し出した 貧乏はしているが 都会っ子の身だしなみが 山間部の子たちと違うので その辺を利用して現地児たちを矯正し出した
 
転校して最初の図画の時間になった 写生ではなく 図画用教科書の絵を描けということになった
 
都会の学校では絵具なのに ここのはまだクレヨンだった
 
私は菊の花にした 都会の学校で相似形を教わっていたので 相似形的に描いていた 担任は教室内を回って全員の書きっぷりを見ていた 私のところでは立ちどまって 声を出して頷いていた
 
ほぼ 十分で書き上げた 担任はそれを見て 私の絵を教壇に持っていき
 おいみんな 絵とはこの様に描くもんだ
教科書と一分の狂いもなく出来上がっていた
 
転校先でも 学友らが私の周りにまつわりついていた
 
下校前に 校庭内を清掃しているのに 登校時では校門から全域で落ち葉が散乱していた どうでもいいことですが 私は我慢できなかった そこで床屋の息子に
 暗いうちに校庭を清掃するが 一緒にやるか?
床屋の息子は やりますと張り切っていた 継母 継父家庭では息が詰まるのでしょう
 
一週間過ぎたころ 学校地続きには よそ者の校長と副校長と教員らの官舎があった 張込み的な格好の副校長の姿が見えた
 
私はとっさに 床屋の息子を止め 副校長がいるから今日はやらずに帰ろう 明日はもう一時間早く出てきてね
 
私は 清掃現場を見られたくなかった こっそりやるのが奉仕作業なのだとね しかし 残念ながら04時からの作業も 副校長に感づかれ 作業風景を見られちゃった
 
こうなったら 堂々と奉仕作業を町内に住む全校生に参加してもらい 校内だけでなく 街中を三区に分けて奉仕班を立ち上げた
 
こうなると 団長が必要だ 指揮したのが私だから 私が団長だろう ところが あの時代のガキどもでも 村社会思想があって 団長は 町の有力者である醤油製造会社の息子が適任だと騒ぎだした 私は譲らなかった
 
この騒ぎの最中の放課後に担任に来いといわれ 教室に戻ると
 奉仕班を作ったのは君だから 団長を君がやるべきだと
 先生は思う だがよ 奉仕班を作ったのが偉いか
 団長が偉いか よーく考えろ
と悟られた これをもって私は諦めと同時に指揮を放棄した
 
二ヶ月ほどで奉仕作業は崩壊した 指揮できるものがいないので動きようがなかったと思う 清掃作業は床屋の息子と暗いうちに戻した
 
つづく
    
2019年05月18日 さいたま(サイタマ)
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間
mm 16方位 m/s h
1 16.9 0.0 0.7  
2 16.8 0.0 北北東 0.3  
3 16.4 0.0 北西 1.5  
4 15.9 0.0 北西 1.1 0.0
5 15.3 0.0 西北西 1.0 0.0
6 16.4 0.0 北西 1.3 0.8
7 17.8 0.0 北西 1.4 0.8
8 19.0 0.0 西 1.2 0.5
9 21.0 0.0 1.4 0.2
10 22.5 0.0 南南東 2.4 0.3
気象庁より
  データ 時刻
最低気温(℃) 14.5 04:46
最高気温(℃) 22.6 10:00
最大瞬間風速(m/s)
(風向(16方位))
5.2(南東) 09:46
※10時現在
気象庁より
 
明日は休みます

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