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アホウ学説の中間まとめ

2004年3月11日

知人から1年ぶりにメールが来た。その書き出し部が気になった。
> お元気そうで、何よりです。サクラソウ情報も拝見しておりますが、高度に専門的で、残念ですが、ついていけません。
>    
この方は気骨のある論客ですが、この方をして上のような思いをさせたということは私の作文力の弱さと論点が散逸したものと思う。ここで言い訳です。もともとはここまでするつもりはなかった。平成12年の10月、所用があって市役所へいったおり、私を昭和42年から高く買ってくれた保護課の青木義脩課長が保護課から離れ、主事という肩書きで別部署に移られ、このデスクが私がいく部署の隣にあって義脩氏から声が かかり、70周年記念論文集以来10年ぶりの再会であった。

四方山話の中で、ある教授が、自生地のサクラソウには昆虫がなく、受粉されない、地下茎からの繁殖では30年後に死滅する、なる話を聞かされた。これがきっかけで翌同13年に自生地に戻ることになった。

すでにパソコンに移って4年目ですのでリアルタイムでサクラソウ情報を発信、そのかたわら30年で死滅のアホウ説の検証を続けた。昨年は4月18日に急性喘息で3週間の入院と相成って検証が途切れた。

04年は1からの出直しという意味で観察目標を立てた。30行ほどで終わっていた。ところがどうも食い足りない気がした。そうだ、3年前に保護課から大封筒が来たの を思い出して、開封して驚いた。30年死滅説の本元は鷲谷いずみ博士だった。
大封筒の中は次のとおり。

★国立科学博物館ニュース第277号・サクラソウにみる絶滅危惧植物の保護の   あり方    加藤辰巳
★滅び行く日本の植物50種・サクラソウ・加藤辰巳      
★花の友・平成7年3月春号・サクラソウ・岩槻邦男
★国語4上・教育出版(株)刊・さくらそうの保護・生井兵冶
★学習に役立つ日本の環境・生きものとともに・動植物の危機・瀬田信哉
★特別天然物田島ヶ原サクラソウ自生地・保護増殖実験調査事業報告書1999年・浦教  
★特別天然物田島ヶ原サクラソウ自生地・保護増殖実験調査事業報告書2000年・浦教  
★浦和市教育委員会発行の『さくらそう通信・5号〜8号』

もともと文才やアカデミーと取っ組み合う能力があるわけはなく加藤辰巳氏の記述から鷲谷いずみ博士が元凶とわかって、3年来の観察とちがう点だけで始めたのであるが、ぼちぼちと70周年記念論文集を拾い出して断片的に書き足していった。そのために論点が散逸したのであった。いずれ纏めにゃならんとは思っていたが、ついに論客を迷わした今、中間纏め の必要が迫っているようだ。以下はアカデミーらが名誉毀損で訴えることを起点にして書いている。公の場で丁々発止となれば、東大教授という座から引きずり落とせるとわくわくだ。   

サクラソウの過去・現在・未来

主論=江戸時代から田島のサクラソウは営々と繁栄している。

過去
1/昆虫について
      明治36年(1903)、雪吹敏光が他の植物では自らの観察が含ま
      れているのにサクラソウに関しては訪花昆虫への言及がない。
      明治39年(1906)7月、梅沢親光。戸田ヶ原  明治41年(1908)
      4月25日、矢野宗幹。戸田ヶ原昭和16年(1941)5月11日、植村
    利夫。田島ヶ原以上の4氏とも昆虫が稀だと報告している。

2/環境について
      理学博士 三好 学の天然記念物調査報告書 大正9年(1920)5月
      土地ノ状態 東京市ヲ貫流スル隅田川ノ上流ナル荒川ノ沿岸ニハ
      古来桜草ノ多ク発生セル原野アリ是等ノ原野ハ屡々河水ノ氾濫ニヨ
      リ泥土ヲ蒙リ養分ニ富メルモ平時ハ地面乾固シ亀裂ヲ生ゼルヲ見ル
      土壌ノ状態普通ノ原野ト異ナル ――以下略

3/田島を除き荒川流域から桜草が消えた理由
      理学博士 三好 学の天然記念物調査報告書 大正9年(1920)5月
      名勝トシテノ桜草原野 -前略- 旧幕時代ニハ江戸ニ近キ浮間ケ
      原戸田原等ノ荒川沿岸ノ原野ハ桜草ノ名所トシテ知ラレ旧時出版セ
      ル名所案内、花鳥暦ノ類ニハ載セザルハナシ是等ノ原野ハ明治20
      年頃マデハ多少旧態ヲ保テルガ     其後土地ノ変化、遊覧者ノ濫採      商売人ノ過度ノ採集等ノ為メニ今日ニテハ同地方ノ桜草ハ殆ンド採
       リ尽サルルニ至レリ 以下略(原文のまま)

4/馬宮村(旧大宮市荒川河川敷・錦乃原)のサクラソウが消滅した理由
     ―前略― 昭和12年より戦時色が濃くなるにつれ、人々の気持ちも
     花を賞でるどころではなくなり訪れる人も少なく、昭和17、18年、食
     糧増産の掛け声に開墾の鍬が振はれ始めました。終戦後昭和22年
     頃を最後に錦乃原一帯は美田と化し、食料危機克服に貢献はしたが
     桜草は消滅してしまいました。
      -以下略- さくらそう通信7号より。                  

現在 
1/所見                                                                                          
    江戸時代から田島の桜草は営々と繁栄し、かつ、100年前から昆虫は
    まれであること、洪水で泥土が流れ着き養分に富むもそれ以外では
    乾燥し地面乾固してひび割れしていること、消滅した地域は、人々や
    商人らの取りすぎであること、食料増産で根こそぎ抜かれたがために
    消滅したのだと前記資料で判明しました。

 2/2004年の今                                                                                                  
 古より、洪水に見舞われることはあっても、それ以外では乾燥し地面乾固しひび割れすることは今も変わらない。
  03年12月28日以来、04年3月11日まで降った雨は8ミリしかなく、田島ヶ原砂漠状態です。この環境にあっても田島のサクラソウは不満も言わず、11日現在、第3陣まで3cmほどに元気です。それどころか、第4陣も発芽し、3年来最後に発芽する第5陣ブロックも全株発芽している。ここまでは当たり前といえば当たり前ですが、1月12日に詐欺に遭い騙されて発芽し、凍傷にかかって息絶えだえの固体は再生し生長する有様です。

未来
現在、県立秋ヶ瀬公園北はずれまで治水工事で洪水はもうないでしょうが、それでもサクラソウは乾燥に強い植生として進化していることは歴史が物語っている。この点から見れば、保護を解除し、人々が自由勝手に採取出来る環境にならない限り未来永劫に変わらないでしょう。 サクラソウは強い!

アホウ学説
加藤克己氏が『国立科学博物館ニュース第277号』('92・5)で共同研究者の筑波大学の鷲谷いづみ博士が意外な事実を明らかにしたと。 田島ヶ原のサクラソウは受粉に関与する昆虫がほとんどなく種子をつけない。数十年の寿命があるサクラソウですが、やがて枯れる、種子ができないということは、近い将来、消滅するだろうと紹介。以後、アカデミーらが右倣えするかのように追従する。

数十年前には送粉昆虫に恵まれ、現在のサクラソウ集団を形成しえたが、その後の周辺環境の変化で植生が変えられ昆虫層が崩壊したためと考えている。鷲谷(198788) 

昆虫が他の個体から花粉を運んできてくれないかぎり、種子が出来ない仕組みになっているのだ  種ができなければ、田島ヶ原のさくらそうは、やがてはかれてしまい、ぜつめつしてしまうかもしれません。
これらがアホウ学説であるとは前記、過去・現在・未来の記述からお分かりいただけと思う。種子が出来ないという妄言は、証拠写真で妄言であるとお分かりだと思う。

商業写真で訪れた幼稚園の花壇や植木鉢で西洋サクラソウが満開でした。これを植えたのは園バスの運転手さんでした。15年前に1株貰ったのを庭に植えたところ毎年増え続けたという。その一部を幼稚園に移植したのだと。地下茎からの繁殖や昆虫の飛翔について尋ねたが、地下茎ではなく種から繁殖しているとのこと、運転手さんが指差したのが幾段にも咲く花の最下段に出来た種子でした。 
右は拡大。

 

写真の展示販売で一日中これらの傍にいるが昆虫の飛翔は見ない。第一、幼稚園で蜂類の飛翔があっては子供達に危険だ。
では、なぜアカデミーらはアホウ学説を唱えるかですね。
連中にとって、花には昆虫が来て、花粉の受粉にかかわる、という誤った前提に立っているからです。なんでそういう間違いが生じるのか。それは、学校で学んだ知識以外何一つ知らず、自分の体で徹底的に観察するを知らないお粗末な連中だからです。仮に幾日かの観察があっても根本から何も見ようとしないから現実が見えないのである。学校で学んだ知識とは、小学4年生の国語にアホウ学説が載るから知識なるものが端からないのである。種子が出来ないと騒いだことが雄弁に物語っています。

園バスの運転手さんは観光バスを定年退職して幼稚園に再就職して、家庭では畑仕事もする方です。従いまして菜園や花壇に詳しく園内のレイアウトを一人でこなしています。こういう方こそ大学教授にふさわしいのだ。 以上、物足りないところは各項で補足していただければ幸いです。


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